#5 徘徊老人
今、日本はたくさんの問題をかかえている。政治不信は今に始まったことではないし、原発問題、環境問題。地域格差と生活格差は広がる一方で、企業倒産や自殺者は後をたたない。虐めは表面に出ないだけでますます陰湿化して地中深く蔓延っている。東京は、そんな日本社会の縮図のような場所だ。そしてタクシーはその縮図の中の小さなひとつの染みだ。その小さな染みは波紋のように広がり、今日も東京中を埋めつくす。ひとつひとつの染みにそれぞれの人生がある。
2013.07.12
深夜も1時をまわった頃だった。大田区の閑静な住宅街を走っていると、道のまんなかで50代くらいの女性がエプロン姿で両手を振っていた。いやな予感・・がしたが乗車拒否するわけにはいかない。仕方なく車を止めドアを開けた。
「どちらまでですか?」「この先の国道に出てください」女性はハーとため息をついた。
「実は徘徊老人を探しているんです。前もそこの国道を歩いていたもんですから」「・・・・」今度はぼくがため息をついた。
立会道路から国道1号線を右折して五反田方面へ向かった。「ゆっくり走りますね」三車線の国道のいちばん左車線を、気をつけながらゆっくり走る。警察にも連絡して探していただいてるんですけどねー、すいませんねー、と女性は恐縮しながら車内から目をこらして外をうかがっている。
5つ目の信号を越えた道路沿いにコーヒーの自販機があった。そのうっすらと放たれる自販機の光に照らされて、ひとりの老人が佇んでいる。
「イター!」
その声にびっくりして思わず急ブレーキを踏んでしまった。女性は車からとびだすと、おかあさーん!と叫んで老人の元に駆けていき、そして一言二言なにか話したあとにふたりで車に戻ってきた。女性はぼくにお礼を言い、ぼくは女性がさっき乗った住宅街に戻ることにした。
「ひとりで出ないでって言ったでしょ」「はいわかりました」老人はわりとはっきりした口調で返事をする。「運転手さんも一緒に探してくださったんですよ」「これはこれはどうもありがとうございました」老人はやっぱりはっきりとした口調でペコリと頭を下げた。
やがて自宅に到着すると、ほんっとにありがとうございました、と母子(たぶん)は揃って頭を下げて車を降りた。
5年前に故郷に戻って感じたことは、お年寄りが多いということだ。いや、お年寄りが多いのは全然悪いことではない。それはむしろ喜ばしいことで、問題は若者が少ないということだ。東京の染みよりもそれは濃く深い。このまま少子化が進んでいくとこの国はいったいどうなるんだろうね。というぼくも子供はおらず、結婚すらしてないので偉そうなことは言えないのだが。