見出し画像

MLSの「エクスパンション」と下部リーグ


はじめに

そもそもMLSとは?

 「メジャーリーグサッカー(MLS)」とは、アメリカ合衆国およびカナダのプロサッカーリーグのことである。ちなみに1960-80年代には「北米サッカーリーグ(NASL)」が存在し、ペレやヨハン・クライフなどのスター選手が選手生活の晩年にプレーしていたとか。【シアトル・サウンダーズFC】など、NASLのチーム名を冠したクラブもMLS内にいくつか存在する。

 MLSは選手の年俸をクラブではなくリーグが支払う独特の給与体系をはじめ、ドラフト制など他国と一線を画す様々な要素があるが、最大の特徴として【昇降格制度がない(クローズドモデル)】ということが挙げられる。
 
日本を含めた世界各国のサッカーリーグは昇降格制度を採用しているが、アメリカでは先輩格にあたる4大プロスポーツ(NFL・NBA・MLB・NHL)に倣って昇降格制度を採用していない。
 クローズドモデルドラフト制度の採用などMLS独特のシステムは、クラブ運営がしやすくなったり、投資家にとっては安定商品としての人気があり投資を促す、などのメリットばかりが日本ではもてはやされているが、降格がないことを利用して、来期以降のドラフト指名権目当てにわざと負けまくる(いわゆる”タンク”)クラブや、放映権料に胡坐をかいてクラブの強化を怠り続けるクラブが現れたりする(アメリカでは下位チームほど放映権料の分配金が多く貰える仕組み)など、アメリカでは負の側面も指摘されている。

 ちなみに下部リーグもちゃんと存在しており、「ユナイテッドサッカーリーグ(USL)」はその代表格である。USLは男子サッカーにおいて、2部の「USLチャンピオンシップ」(今回取り上げるのはココ)、3部の「リーグ1」(3部カテゴリーには他にも2つリーグが存在する)、4部の「リーグ2」(セミプロ)の3つを運営している。


エクスパンション

 そんなアメリカのプロスポーツにおいて欠かすことのできないキーワードの一つが、【エクスパンション】である。エクスパンションとはすなわち”拡張”であり、新しくクラブを作ることでリーグの規模を広げていく手法である。
 アメリカでは飛行機などの交通インフラが発達していった1960年代以降、それまで空白地帯だった南部や中西部、それに西海岸などの各都市に新チームを作るケースが相次いだ。背景にはプロスポーツの北東部偏重に不満を抱いた一部の都市で、4大プロスポーツに代わるライバルリーグを創設する計画があったためとされる。(実際NBAのライバルとしてABA、NHLのライバルとしてWHAが創設され、それぞれ1970年代まで活動した)

 MLSも同様に【エクスパンション】によって1998年にマイアミ・フュージョン(消滅)とシカゴ・ファイアーSCが創設されて以降、わずか30年余りで10クラブから3倍の30クラブにまで拡大していった。

 ところがMLSの目覚ましい躍進には、”裏”があった。
 
それは「MLSが下部リーグのクラブを”食い潰している”」ということである。


MLS・エクスパンションの裏側【サンディエゴの悲劇】

MLS30番目のクラブ

 2023年5月、2025年シーズンから、MLS30番目のクラブ「サンディエゴFC」の創設が発表された。
 
同クラブのオーナーにはモハメド・マンスール(イギリスのエジプト系実業家)とマニー・マチャド(MLBサンディエゴ・パドレスのスター選手)、それにクミアイ族のシクアン・バンド(サンディエゴ郡のネイティブアメリカン)が名を連ねる。(下記の動画はMLS参加を伝える同クラブのPV)

古くはNBAのサンディエゴ・クリッパーズ(1984年に移転)、最近ではNFLのサンディエゴ・チャージャーズ(2017年に移転)をそれぞれロサンゼルスに奪われたサンディエゴ市民にとって、サンディエゴ・パドレスに次ぐ”2つ目”のプロスポーツチームの創設は何よりの吉報であった。

サンディエゴの”一部のサッカーファン”を除いては。


サンディエゴで何が起こったか?

 「サンディエゴFC」創設から3か月後の2023年8月24日、「サンディエゴ・ロイヤルSC」がクラブ解散を発表した。同クラブは2部リーグにあたる「USLチャンピオンシップ」に所属していた。

「サンディエゴ・ロイヤルSC」のエンブレム

 アメリカのサッカー界は基本どのカテゴリーにも昇降格制度は存在しないという建前ではあるが、現在MLSに在籍している「ナッシュビルSC」や「FCシンシナティ」のように、【USLチャンピオンシップ脱退→MLS加盟】という形でUSLチャンピオンシップから”昇格”したクラブも存在する。
 ところがサンディエゴの場合は、「サンディエゴ・ロイヤルSC」の昇格ではなく新チームの発足、しかもその発表のタイミングが2023年のシーズン真っ只中であったため、ロイヤルSC解散に至る一連の出来事を「ロイヤルは”MLSによって潰された”」とみなすサポーターも少なくない。
【下記の動画はロイヤル解散を伝える、地元サンディエゴのCBS系列局のニュース動画】

 ロイヤルが消滅に追い込まれた理由として、ひとつはスタジアム問題が挙げられる。
  同クラブは、カトリック系私立のサンディエゴ大学(USD)が所有する収容人数6,000人の「トレロ・スタジアム」を本拠地としており、リーグ内でも安定した人気を誇っていたが小規模であったため、代替のスタジアムを探そうとしたが見つからず(サンタバーバラへ移転する案もあったとか)、先述の通りMLSがサンディエゴFCの創設を発表したことも重なった結果、解散となったのである。
 一方サンディエゴFCは、サンディエゴ州立大学が所有する収容人数35,000人の天然芝の多目的スタジアム「スナップドラゴンスタジアム」(サムネイル画像を参照)を本拠地とするため、ロイヤルの不利は明らかであった。


サンディエゴ・ロイヤルがプレーしていた「トレロ・スタジアム」

 何よりスタジアム以上に障壁となったのは高額なMLS加盟料である。
 サンディエゴFCのオーナーグループがMLSに支払った金額はなんと5億ドル(約740億円)。
 
この加盟料が”週刊少年ジャンプ黄金期のバトル漫画”並みのインフレ現象(2007年のトロントFCの加盟料は1000万ドル)を引き起こしていたことも、ロイヤルがMLS参入を果たせずに解散に追い込まれた悲劇の一因となった感も否めない。


MLSに振り回される下部リーグ

セントルイス、そしてオースティン

 前述のサンディエゴのケース以外にも、全米の各都市で「MLSクラブ創設によるUSLクラブの解散」がいくつか存在する。
 
2020年、その第一号ともいうべき悲劇はミズーリ州セントルイスで起きた。USLチャンピオンシップの【セントルイスFC】が、MLS【セントルイス・シティSC】の創設によって解散に追い込まれたのである。
(下記の動画はセントルイスFCの公式Youtubeチャンネルが最後に投稿した”お別れ動画”)

(下記動画はMLS「セントルイス・シティSC」の創設を告げるアナウンス動画) 

 「セントルイスFC」の解散から1年後の2021年、今度はテキサス州の州都オースティンで、同じくUSLチャンピオンシップ所属の【オースティン・ボールドFC】がMLS【オースティンFC】の創設の影響により、事実上の解散に追い込まれた。
 ちなみに【オースティンFC】創設の経緯は、MLSでも少々「ワケあり」である。
というのも、クラブのオーナーであるアンソニー・プレコートは以前、オハイオ州の州都コロンバスにあるリーグ屈指の人気クラブ【コロンバス・クルーSC】のオーナーであり、クルーをコロンバスからオースティンへ移転させようとしたのである。この行為はコロンバスのサポーターの激しい怒りを買い、結局クルーを手放さざるを得なかった。
【以下の3本の動画は、コロンバス・クルー移転未遂事件にまつわる、ドキュメンタリー3部作】

 そこでMLSはプレコートにクルー売却の”見返り”として、オースティンのMLSクラブを新しく創設する権利を与えた。そうして創設されたのが「オースティンFC」である。
 
ここで割を食ったのが、ボールドである。ボールドはオースティンを追い出され、州内のフォートワース(近郊のダラスやアーリントンと共に”ダラス=フォートワース都市圏”を形成する)への移転が取りざたされたものの、スタジアム建設の見込みが立たず、事実上解散に追い込まれた。


オースティン・ボールドFCのエンブレム


オースティンFC(MLS)のエンブレム

MLSと下部リーグの関係性

 サンディエゴ・セントルイス・オースティンの3都市のケースを見ると、MLSと下部リーグ(特にUSLチャンピオンシップ)の関係性はピラミッド型の”上下関係”ではなく、むしろ殺伐とした”対立関係”にあるといっても過言でないかもしれない。

 X(旧Twitter)上でのUSLクラブのサポーターの投稿はMLSに対する憎悪をむき出しにした投稿が少なくない。
 USLクラブのサポーターは、MLSを「憧れ」の存在と見るのではなく、自分たちが育てた文化を"カネ"の力で食い荒らす「米国サッカーの破壊者」とみなしている、といっても大袈裟ではないのである。

 そんなUSLチャンピオンシップにおいても、サンフランシスコ・ベイエリアの【オークランド・ルーツSC】や、【マイアミFC】、コロラド州の【コロラドスプリングス・スイッチバックスFC】など、同一エリアにMLS球団があるにもかかわらず、人気や地域密着の度合いなどでMLSのクラブに匹敵するクラブも存在している。
 特に【オークランド・ルーツSC】は地域密着を標榜する市民クラブであり、同じベイエリアに本拠地を置くMLSの弱小クラブ【サンノゼ・アースクエイクス】(ちなみに今季MLS西地区最下位)を人気面で上回っているといっても過言ではない。ちなみにルーツは、来季からMLBアスレチックスの前本拠地オークランド・コロシアムを使用すると発表した。(下記動画はルーツ公式の動画)


おわりに

 わが国では、アメリカのサッカー界の話題でMLSが上がることはあっても、その下のカテゴリーに関してはまず話題に上がることはない。

 そんなアメリカの下部リーグからMLSを見てみると、MLSの発展がアメリカサッカー界にもたらす”光と影”、その両方の部分が見えたような気がしたのである。

 余談だが、「サンディエゴFC」のエンブレムがサポーターの顰蹙(ひんしゅく)を買っているそうである。

これだったら、ロイヤルをMLSに上げた方がよかったんじゃ…


この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?