★極道学園(576)
甘江野幸三(アマエノ・コウゾウ)という二十歳の若者が工藤組に入りたいと青葉組長を訪ねてきた。青葉組長は就任して初めての採用案件なので俺に電話で相談してきた。聞けば全くのカタギで、新聞報道で栗駒キャンプのことを知り強い興味を持ったという。かなり体格が良くて人物も好印象だと彼女は述べた。俺は迷うことなく太田と二人で仙台に行き彼と会うことにした。
甘江野は岩手県出身で高校は盛岡だった。家が貧乏で大学には行けず盛岡で仕事を探すも良い会社がなく、たまたま高校の恩師の紹介で仙台の運送会社に就職し塩釜や石巻で捕れた新鮮なカツオなど魚介類全般を東京に運ぶ仕事をしていた。もともと柔道部で格闘技全般が大好きだ、ぜひ栗駒キャンプに参加したいという。
今の仕事は高収入で特に不満はないが、毎日東北自動車道の往復で退屈を感じてしまい、新しいことに挑戦したい気持ちになったのだ、と述べていた。一生長距離運転手は嫌だと考えたそうだ。
工藤組は現在アフリカ人以外新規採用をしておらず、その必要性も感じていない。しかし俺と太田はこの甘江野に強い興味を持った。身長186cm、体重90kg、腕が太く拳が大きい。さて、身体の動きはどうだろうか。どのくらい喧嘩が強いのか。
太田と戦わせて彼の戦闘能力を調べることにした。栗駒の稽古場に連れていき、両者、防具を身につけ、戦った。3分5ラウンド、ボクシングの勝負である。
ゴングが鳴り両者グローブを合わせて戦いが始まった。試合開始20秒後、太田の右パンチが決まり、甘江野はふらついたが倒れなかった。その後、再び太田が右、左、右、右とパンチを打ち、都度、甘江野はふらついたが倒れない。甘江野もパンチを放つが太田は都度、それを難無く避け、一発も当たらない。太田に打たれ続け、甘江野の顔は赤く染まった。唇が裂け、鼻血が出ている。
第一ラウンド、俺の採点は10対1だ。第二ラウンドも太田が一方的に攻め甘江野は防戦一方であった。
第三ラウンド開始早々、太田の左パンチが決まり甘江野がよろめいたところで太田の高速の右アッパーが放たれ甘江野は宙に5cm浮き、リングに落ちてそのまま倒れ、気絶した。
いまだかつて太田を倒した者は一人もいない。熊も何頭か死んでいる。だからこの結果は仕方ないことだ。しかし俺たちは甘江野が太田の連打に2ラウンド耐えたことを高く評価した。こいつは鍛えれば強くなるかもしれない。
我々は甘江野を採用することにした。初任給20万円、試用期間3ヶ月である。甘江野は栗駒の社員寮に住んで日々格闘訓練を行うことになった。初めてのカタギの、日本人の組員なので工藤組の連中が拒絶反応を示すのでは、と危惧したが青葉組長が上手にコントロールして他の組員たちとの融和を図ったので甘江野はすぐ組の雰囲気に馴染んだ。他の組員たちからはコーゾーとかコーちゃんと呼ばれている。
先日熊と戦わせたらあっさり熊をKOした。コーゾーは「太田親分より弱い」と述べていた。