★極道学園(571)
関東研修の次は地元・宮城での研修だ。宮城の沿岸を北から気仙沼、石巻、塩竈と下がってきて工藤組の水産加工工場、養殖場に案内した。そして組が使っているすべての漁船に乗船する。漁船の修理工場が石巻にあり、その工場にも案内した。
青葉さんは組員たちの名前を覚えようとして熱心に各自に語りかける。嫌な顔をする組員は一人もいない。ほとんど東北出身者だ、というのが理由なのだろうか、みな、おっとり、素朴な性質である。全体的に見て青葉さんは歓迎されていると感じた。気仙沼、石巻、塩竈で青葉さんと組員の懇親会を開催した。欠席者は一人もいなかった。関東と違い寡黙な組員が多いのだが青葉さんは上手に場を盛り上げていた。
工藤組の養殖事業は鮭、うなぎ、鯉、牡蠣、ホタテなどである。捕獲、あるいは養殖した魚の半分は大型冷凍車で九十九里港に運び、残り半分は缶詰にしたり地元の店に出荷したりする。
現在松島で試験的に亀を養殖している。亀太郎の子供を百匹送り込んだらどんどん増えている。ボス亀は松太郎と命名した。松太郎は亀太郎の遺伝であろう、精力がたいへん強く次々と雌亀を口説いて交わっている。
工藤組は仙台駅前で客単価一万円の寿司屋「せいろく寿司」を経営しており、そこにその日に捕れた新鮮な魚を出荷する。青葉さんもお客さんを連れてせいろく寿司に行ったことがあるそうだ。完全予約制でカウンターのみ十席、夕方五時~七時、七時半~九時半、二回転の店だ。かなり早めに予約しないと席を確保できない人気店である。組員&極妻、以上二名で営業している。
さて、養殖は生産量が(ある程度)計算できるが漁船の捕獲量は計算できない。これが漁業のポイントである。大漁の日はついつい気が大きくなり組員に大盤振る舞いしがちだが、それを頻繁にやると組の財政は厳しくなる。全く魚が捕れない、つまり無収入の日が必ずあるからである。船を動かすには油が必要で、人も必要。無収入どころか貯金の持ち出しになるのである。これが漁業の難点だ。やる気満々で沖に出て、それが空振りに終わったときの虚無感は、実際に漁に出た人間でなければ理解不能かもしれない。だから漁師はごく自然に、信心深くなる。最後は天に祈るしかないのだ。大自然に逆らうことができないため大自然の神に身を委ねたくなるのである。
工藤組のメンバーも加齢が進み、いずれは船上での肉体労働ができなくなってゆくだろう。組では新人、若手を積極的に募集しているわけではないので、漁船での活動は徐々に縮小していくのが正解だ。青葉さんもその未来予測に同意した。
高齢者でも出来る、高収益の新規事業開発。これは難しいテーマだが我々はこの問題を解決するため努力する必要がある。俺は連日せいろく寿司に用意されている個室で新しい事業のアイデアを青葉さんと話し合った。