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成功法則を捨てて成功する―組織の進化論的アプローチ

成功法則の底の浅さ

日常的なコミュニケーションにおいて、「成功する方法」は素朴に流通している。「絶対売れる!〇〇の法則」とか「最新〇〇メソッド」「〇〇ソリューション」等、その手の言説は無数に流通している。

そういった言説に慣れていくうちにいつの間にか「成功するためには、成功する方法を実践すればよい」という考え方が当然になる。だから、企業の課題は「どうやって成功するか」というテーマの周辺で行われることになる。

成功の原因が組織の「外」に求められるときには、市場をめぐる議論が展開されやすい。マーケティングやポジショニングをどうこうすれば成功できるという話だ。

対して、成功の原因が組織の「内」に求められるときには、組織自身にまつわる反省的な議論が展開されるだろう。企業理念がどうとか、リーダーシップがどうとか、人財がどうとか、その周辺が焦点化される。

もう一歩進んで「外」と「内」の区別に自覚的になってくると、それらをうまいこと組み合わせましょうという話になってくる。成功の原因は「外」でもなく「内」でもなく、「外と内の適合性」に宿るというわけだ。

経営学の教科書には、おおよそ上記のようなことが書いてある。しかし、こういった議論に物足りなさを感じている人も少なくないのではなかろうか。少なくとも、場数を踏んできた経営者やコンサルタントであれば、こうした成功法則がうまく機能しなかった苦い経験から、この手の議論の「底の浅さ」を知っている。教科書を勉強しても、組織経営は実践できない。

この手の議論が共通して抱える問題点は、「成功の原因」の存在を信じていることである。つまり、因果論的な考え方の限界が、これらの議論の限界になっているということだ。

進化論的アプローチで考える

「成功の原因」を怪しげなものとして捉えるためには、因果論的な思考から距離をとる必要がある。例えば、進化論的に考えてみるとよい。

組織の進化とは「変異」「選択」「再安定化」の循環的プロセスとして定式化できる。新たな取り組みを始めたり、今まで当然視されてきたことを変更可能なものとして疑ってみたり、そういったことで「変異」が生じる。変異は、組織の構造と偶然とによってテストされ、成功したり失敗したりする。こうして成功した変異は、組織に新たな構造をもたらし「再安定化」する。今や変異後の構造こそが、次なる「変異」の前提となるのだ。

上記の進化論的な考え方のポイントは、「偶然」の存在を認めたうえでなお成功を論じられる点にある。偶然とは、当事者たる組織にとって調整することのできない出来事を指す概念である。どんな組織も無限の権能をもつことはない。故に、調整不可能な出来事は無くならず、それが危機となり、チャンスとなる。例えばコロナ禍は、ほとんどの組織にとっては偶然(=調整不可能な出来事)だった。それは多くの組織にとって危機をもたらしたが、一部の製薬産業やマスク産業、非対面コミュニケーションにまつわる産業にはチャンスをもたらした。

このように「偶然」を認めるのであれば、「成功の原因」という概念はかなり怪しく見えてくる。マスクを売っている会社が成功した原因は「マスクを売っていたから」であり「コロナ禍があったから」であり、あるいは「コロナ渦中にマスクを売っていたから」である、と考えてみたところで自社の経営の指針を得られるだろうか。まさかコロナ禍を見込んでマスクを売っていたわけではないだろうし、コロナ禍の方もマスク産業振興のために発生したわけでもない。「コロナ禍中にマスクを売っていた」という事実は、「偶然」概念を使わなければうまく解釈できない。

では、われわれは偶然の中を漂うことしかできないのだろうか?

偶然と失敗の中でなお経営は可能なのか?

因果論的な思考では、組織の課題は「成功の原因」めぐる課題としてテーマ化されたが、進化論的に思考することで別のかたちで課題を見出すことができる。すなわち、進化のメカニズムを駆動させるためには、「十分な変異を確保すること」が課題として議論できるようになるのだ。

もう少し具体的に言い換えれば、「より多くの成功と失敗を可能にすること」が進化論的な組織の課題ということである。成功の方はともかく「より多くの失敗を可能とする」という方は奇異に感じられるかもしれない。

進化論的な思考は、「偶然」を扱える代償に「失敗」を引き受けることになる。徹底的なデータ分析から入念に設計されたどんな取り組みも、偶然(=調整不可能な出来事)によって失敗する可能性がある。仮に計画通りに成功したように思えたとしても、それは「計画を破綻せしめる偶然が生じなかった」という偶然に支えられていることになる。

こうした「失敗」を避けえないものとして受け止めたうえで、それでもなお積極的な変異を起こし、組織の進化を促進するためには、「失敗の許容閾」を強化することが有効である。「失敗しても大したことはない」「失敗してもすぐに立ち直れる」という予期があればこそ、より多くの変異を試みることが可能となる。より多くの変異が試みられることで、より多くの成功と失敗が可能になり、つまり組織の進化は促進されることになる。

そして、この「失敗の許容閾」を強化するために「レジリエンス(強靭性)」研究を応用することができるのだが、これについてはまた稿を改めて論じることにしよう。

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