国策としての少子化対策ー自治体財政を逼迫する「子ども」政策って庶民にウケる? Part4

今や、嫌と言う程「少子化対策」、「子ども真ん中社会」とか、国策として言われるけど、そんなに「子ども」が大切なの?選挙受けすると思うの?

それが大衆受けするのか、私は疑問なのですが、思考停止状態で「子どもが幸せ」であるための政策を、東京で立候補者が盛んに衆院補選で演説しているの、聴きますが、日本国民は本当にそれを望んでいるのでしょうか?

まず、人口論の基本から。人口の高齢化は少子化が理由で、合計特殊出生率(女性1人が一生の間に産む子供の数)が2.08を下回ると、現状の人口を維持できなくなる。簡単に言えば、2人の夫婦から2人以上子どもが産まれないと人口が減るのは当然。ただ0.08人産むのは現実的でないから、1人も子どもが居ない夫婦も3人居る家庭もあって、それは自由(戦争中じゃあるまいし)。
 
で、21世紀は高齢化・情報化・国際化が進むとずっと20世紀末から言われ、特に高齢化だけは、確実に2025年にどうなる、と数字で推測できた。しかし、団塊の世代の子ども達、所謂「団塊Jr.」が意外に子どもを産まず、平成元年、人口問題研究所の推計よりこの数字が下位推計を下回り、1.57に!

それまで、女子供の話と考えてたのに、バブル経済絶好調時代に生産年齢人口が足りなくなる!という危機意識が政財界に初めて生まれた。そこから、少子高齢化、と言う言葉も使われるようになった訳です。が、実際、子どもにエリート教育をさせたい親は、富裕層で、中学受験の為に少なく産んで、大事に育てる。また、男女共同参画社会を謳っている以上、バリバリのキャリアウーマンは晩婚化、もしくは子どもは持っても1人。

 育児と仕事の両立なんて、経験者だから言うけど、できません!だって育児休暇3年間取ったら、法律的に保証されても、企業が同じポストを用意してくれているかなんて判らない。心身共にボロボロになります。その上、IT化も半端なく進み、すぐ新技術に追いつけなくなる。認可保育園は、競争率が激しいし、自治体の財政をこれも大変な逼迫状況に追い込む。

 かつて「保育園落ちた、日本しね」というSNS上の言葉が話題になりましたが、今の若い世代は、子どもの前に、結婚できるか、妻子を養うどころか、自分1人も生きていけるか分らない。大企業が簡単に万単位のリストラをするし、正規雇用はどんどん減るし。物価はどんどん上がる一方で。

結果的に、貧乏人の子沢山、って昔から言われた「子どもの貧困」は深刻。
学校の給食しか食べられない子どもが今、沢山いるのに、そういう世帯にもっと子どもを産めっていうの?親も食べていけないのに?

離婚率もどんどん高くなり、そもそも非婚(未婚ではない)、敢えて結婚しない状況を選択しているうちに、自分の親の介護でそれどころではなくなる。
気がつくと40代半ばで、女性としては子どもを産むのは怖い。男性も一緒。

 若い世代はすぐ同棲するけど、それは裏返せば、経済的に合理的だから。家賃も公共料金も食費も、別々に払うより圧倒的に安い。結婚を考えたら「愛」なんて不確実で、もう「神田川」のように三畳一間に暮らせない。
「愛があれば何も怖くない」時代ではないのです。

この状況を放置して、どうやって、高校無償化だから子ども産もう、大学は3人目なら無償だからもう1人大学に入れよう、って思えるのでしょうか?
 皆さまは、どうですか?  不公平感だけが残るのでは?

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