Wernicke脳症

・ビタミンB1欠乏による精神症状、眼症状、歩行失調
・アルコール依存症の他にも栄養欠乏の患者にも起こりうる
・古典的三徴が揃うのは、約10%ほど
・アルコール性と非アルコール性では出やすい症状が異なる
・Wernicke doseには明確なコンセンサスはない
・低マグネシウム血症の場合は、補酵素のMgを投与

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<リスク>
1881年にCarl Wernickeによって初めて報告されました。
米国ではアルコール依存症が最も一般的な病因ですが、妊娠悪阻、腸閉塞、悪性腫瘍などの栄養欠乏状態にある患者であれば、誰でも発症する可能性があります。

悪性腫瘍、消化器疾患術後、妊娠悪阻と続きます

<症状>
古典的三徴は
・精神症状
・眼筋麻痺
・歩行失調
です。
しかしこれらの三徴が全て揃うのは、実際には10%の症例にしか認められません。
精神異常の発生率は最も高く(82%)、運動失調(23%)、眼球運動異常(29%)

Caine らが調査した、生前に広範な評価を受け、剖検にて証明された Wernicke脳症のアルコール性患者の臨床的特徴から
(1)栄養不足 (2)眼球所見 (3)運動失調 (4)精神異常
の4つの条件のうち2つあれば、推定できる可能性を述べています。

※リスク因子と臨床症状からWernicke 脳症の可能性を見積もり、診断的治療を開始すること!

・「精神症状の変化」は、無気力や軽度の認知症状から、まれに昏睡を含む重篤な症状まで、多岐にわたります。
・「眼球麻痺」は、水平眼振が最も一般的な眼球の異常です。完全な眼球麻痺は稀です。ほかに外転神経麻痺、眼瞼下垂、網膜出血、乳頭浮腫など、眼筋麻痺の代わりに「眼症状」もがありえます。
・「歩行失調」は、軽度の歩行異常から完全に起立不能な状態まで、様々な症状が現れます。
また低体温、低血圧を伴う場合もあります。

Caineらが提案した基準に基づくケースシリーズでは、
・非アルコール性患者では食欲不振や嘔吐、アルコール患者では眼や小脳徴候がより頻繁に見られる
・古典的三徴は、アルコール患者が、非アルコール患者より有意に多くみられる
と言われています


<検査>
ビタミンB1;チアミンの測定は、症状が曖昧な場合に重要であり、チアミン投与前に測定することが重要です。
(ビタミンB1(VB1)には、VB1-2-リン酸エステル(TPP)・VB1-1-リン酸エステル(TMP)・VB1-3-リン酸エステル(TTP)と遊離VB1(T)が存在し、付リン化されたVB1をエステル型VB1とよばれ、エステル型VB1を加水分解して総VB1として定量化しています)

画像検査は、CTは信頼できるものではありません
MRIの方が性能が良く、患者の 2/3で関連病変を特定することができます。
MRI では、中脳水道と第三脳室周辺、視床内側・背側髄質・中脳視蓋・乳頭体内部の 、T2 高信号・T1 低信号・拡散異常が典型的です。最もよく侵される構造は乳頭体で、症例の80%で確認される。
(MRIで脳梁病変を指摘した場合、慢性的なアルコール摂取とビタミンB複合体の欠乏による栄養不良の方に見られるMarchiafava Bignami 病を疑う必要があります)

※ ビタミン B1 血中濃度の結果が出るまでに数日はかかり、MRIの撮影も限界があるために、疑われる患者では投与を試みるべきです。未治療では合併症も生じるため、治療を遅らせるべきではありません。


<治療>
チアミンの有効量、投与経路、1日の投与回数、投与期間などについては、明確なコンセンサスが得られていません。

過去データでは、
・薬物動態学的研究により、チアミンの血中半減期はわずか96分であることが報告されている。したがって、単回投与よりも、1日2〜3回投与することにより、優れたバイオアベイラビリティを達成できる可能性がある
・血液脳関門を通る濃度勾配も必要であり、経静脈的投与が望ましい
・107人の患者にチアミンを5、20、50、100、200mgの用量で1日1回2日間投与し、3日目に認知障害に鋭敏になったことが示唆されている単一の神経心理学的検査によって効果を評価した。その結果、200mgの投与量が他のすべての投与量の平均値よりも優れていると結論。この研究は、コクラン・レビューで評価され、5mg投与と比較して200mg投与の方が有意に有効であると結論。
・非アルコール患者において、チアミン100mgまたは200mgを静脈内投与したところ、病気が治癒した。一方、アルコール依存症のWernicke患者は、より高い1日投与量を必要とする場合があり、500mgを1日3回投与することが推奨されている
・高濃度経静脈B複合製剤:ParentroviteおよびPabrinexのデータシートは、それぞれ2〜4Aの高濃度アンプルを4〜8時間ごとに2日間使用し、その後は1A高濃度アンプルを5〜7日間、または8時間ごとに2〜3Aを症状に関係なく使用することを推奨(Parentroviteは、英国で現在入手可能な唯一の高濃度経静脈B複合製剤Pabrinexと類似。両方の製剤には250 mgの塩酸チアミンに加えて、他のBビタミン(リボフラビン4mg、ピリドキシン50mg、ニコチンアミド160mg)、アスコルビン酸500mgが含まれる)

これらから、
最低でも2Aの高濃度B複合ビタミンを1日3回、連続する2日間投与すること、この期間後に治療効果が観察されない場合は治療を中止するべき
客観的な反応が観察された場合、さらに5日間、1日1回のi.v.またはi.m.高濃度ビタミンを1組投与することで続けるべき
しかし、運動失調、多発性神経炎、記憶障害が持続する患者には、改善が続く限り高力価ビタミンを投与すべきである。
との記載になりました。

ちなみに欧州神経学会のガイドラインでは、チアミン 200mg を 1 日 3 回 30 分かけて静脈内投与することが推奨
との記載です。

※なおマグネシウムはチアミン活性の補酵素となるため、低マグネシウム血症の場合は、経口または非経口投与で補充する必要があります。

<予後>
・眼所見は、治療によく反応する(ほとんどの場合、水平・垂直方向の視線麻痺と眼瞼下垂症は、数日から数週間で完全に回復する。水平方向の眼振はチアミン治療後すぐに劇的な回復するが、最大で60%の患者で数ヶ月間残存することがある)
・歩行失調では回復が遅れる。完全に改善する患者もいるが、多くは歩行障害が残存する。
・精神症状は、多くの場合、徐々に回復していくが、神経学的障害が残存することはよくあり持続的。無気力・眠気・錯乱などの軽度の症状は、治療によく反応する。一方、記憶障害や学習障害は回復が悪く、残念ながら、多くの患者さんにコルサコフ健忘症が永続的に残存する。


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