血栓傾向・血栓素因 Thrombophilia

深部静脈(DVT)や肺動脈(PE)、門脈や脳静脈など通常とは異なる部位血栓が見つかった時に、その原因について検索していきます

①明らかな誘因があるか("provoked" か?)
②誘因がない("unprovoked")場合、血栓のリスクとなるような基礎疾患がないか?
③抗凝固療法の期間は?

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まずは明らかな誘因があるか?("provoked" DVTか?)です
何をもって"provoked"なのかは明確に定義されていないようですが、ESCのPEガイドラインには以下のように記載されていました。
2019 Guidelines on Acute Pulmonary Embolism (Diagnosis and Management of)
ESC Clinical Practice Guidelines

強いリスクファクター(OR 10倍以上)
下肢の骨折、心不全または心房細動・粗動による入院(過去3ヵ月以内)、人工股関節置換術または人工膝関節置換術、大きな外傷、心筋梗塞(過去3ヵ月以内)、VTEの既往、脊髄損傷


VTEは
・患者に関連した、通常は「永続的な」危険因子
・環境に関連した、通常は「一時的な」危険因子
のいずれか、両方だと考えられます
大きな外傷、手術、下肢の骨折および人工関節置換術、脊髄損傷は、VTE の大きいリスク因子(OR >10)です
がん、エストロゲンを含む経口避妊薬、血栓素因などもリスクになります(OR 2-9) 


②誘因がない("unprovoked")場合、血栓のリスクとなるような基礎疾患がないか?
はっきりした誘因がない場合は、血栓を起こしやすくなるような疾患/状態を持っていないかを考えます。

 以下「血栓を起こしやすくなるような疾患/状態」のリストです("provoked"のリスクになるものも含まれています)

個人的には、
・先天性血栓素因:PC欠損、PS欠損、AT欠損 ※Factor V Leidenとprothrombin G20210A変異は日本人ではほぼいないとされています。
・抗リン脂質抗体症候群
・悪性腫瘍
・血液疾患:骨髄増殖性腫瘍、PNH(発作性夜間ヘモグロビン尿症)、HIT(ヘパリン誘発性血小板減少)、HES(好酸球増多症候群)
・その他:IBD、ネフローゼ
と整理しています。


さて、どこまでこれらの疾患を追求するかですが、原則は
「病歴・身体所見・ルーチン検査で基礎疾患を示唆する+αがある and/or 若年、反復、家族歴、ヘンな場所の血栓といった特異な状況」
のときだけです。

「DVT/VTEの患者全例で、広範な血栓素因のwork upをすること」は推奨されません。

特に先天性血栓素因や抗リン脂質抗体症候群については、検査結果の偽陽性/偽陰性も出やすいです。
検査の過信は overtreatment / undertreatment につながります。

NEJMにVTEにおける血栓素因検索についてのレビューがあります。Thrombophilia Testing and Venous Thrombosis.
N Engl J Med. 2017 Sep 21;377(12):1177-1187.

抜粋です

検査をめぐる論争は、「血栓素因の状態が VTE の結果(死亡を含む)に影響を与えないことが実証されていること」に起因しています。
血栓素因検査の結果が VTE の治療に関する臨床決定に影響を与えることはめったにありません。
データでは、血栓素因のある患者とない患者の間、または遺伝性血栓素因の検査を受けた患者と受けなかった患者の間で VTE の再発率に有意差がないことが示されています。
急性 VTE の患者には、VTE の原因にかかわらず、抗凝固療法が必要です。 
血栓形成傾向の状態を、発症時に確認する必要はありません。「そのような検査が有益となる可能性がある患者であってもです」
プロテイン C、プロテイン S、アンチトロンビン、ループス抗凝固剤などの初回発症時に指示される多くの検査は、急性血栓症、炎症、妊娠または最近の流産、その他の病状のために、誤って低い結果となる可能性があります。
発症時に検査を行うと、結果の妥当性が不確実になり、検査の繰り返しとコストの増加につながる可能性があります。
偽陽性の結果は、患者が患っていない可能性のある欠乏症の診断につながる可能性があり、正常な結果が誤った安心感を与える可能性があります。
ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)検査による第V因子ライデン変異およびプロトロンビン遺伝子G20210A変異の検査は、どのような臨床現場でも信頼性が高いが、このような検査を行っても初期治療は変わらないため、救急科や急性VTEの入院中に血栓形成傾向の検査を指示する必要はありません。


個別の因子について、
●ルーチン検査 UpToDateが推奨するものです。
CBC、血液像、凝固、生化学
血沈・便潜血はたいていやらないと書いてありますが、かつては●OtherでくくられておらずRoutine項目に入っておりました。
血沈は採血してしまうと思います。
便潜血(つまり大腸がんのスクリーニング)はケースバイケース(下記記載)

 Laboratory tests and imaging — The initial laboratory and radiographic evaluation in patients with VTE may reveal clues as to the underlying cause of VTE. Any abnormality found on initial testing should be investigated thoroughly. Initial testing should include the following:
Complete blood count with smear − Elevations in the hematocrit or platelet count, especially in patients with splenomegaly, should lead to consideration of one of the myeloproliferative disorders (eg, polycythemia vera, essential thrombocythemia). Anemia, leukopenia, and thrombocytopenia may be associated with paroxysmal nocturnal hemoglobinuria (PNH). Thrombocytopenia concurrent with heparin therapy should always prompt consideration of the diagnosis of heparin-induced thrombocytopenia, a disorder which has thrombotic sequelae in a significant proportion of cases. 
Routine coagulation studies − An otherwise unexplained prolongation of the activated partial thromboplastin time (aPTT), which does not correct on 1:1 dilution with normal plasma, is suggestive of the presence of a lupus anticoagulant (ie, one of the laboratory criteria for assigning a diagnosis of the antiphospholipid syndrome). An elevated international normalized ratio (INR) may suggest underlying liver disease.
Serum chemistries including liver and renal function tests and urinalysis − Abnormal liver and renal function tests, or hematuria on urinalysis may suggest underlying liver or renal disease. 
Other laboratory tests – Some clinicians request an erythrocyte sedimentation rate (ESR) or hemoccult stool, although most clinicians do not specifically order such testing.
A markedly elevated ESR (eg, >100 mm/hour) may suggest an underlying mаligոaոсy or a connective tissue disorder.
The identification of blood in stool may suggest an underlying gastrointestinal mаligոаոсу.


●先天性血栓素因、抗リン脂質抗体症候群のルーチン精査は、
※ おすすめされておりません ここ驚きだと思います。

遺伝性血栓素因を疑うとき
<静脈血栓塞栓症(VTE)患者における遺伝性血栓素因を示唆する臨床的特徴>
・若年(50歳未満)での血栓症、特に弱い誘発因子(小手術、経口避妊薬の併用、または不動)または非誘発性VTEとの関連
・VTEの強い家族歴(若年で罹患した一親等の家族)
・VTEの再発(特に若年時)(抗リン脂質症候群も考慮しなければならないが、これは遺伝しない)
・脾静脈や脳静脈など、通常とは異なる部位での VTE(脾静脈 VTE の患者は、骨髄増殖性新生物および発作性夜間ヘモグロビン尿症を評価すべきである)

<血栓症検査に関する推奨事項>
・VTE 発生時には検査を行わない 非誘発性 VTE の場合、抗凝固療法の中止が予定され、検査結果が管理戦略を変更する可能性がある場合は、急性イベントの治療後に検査する。
・患者が抗凝固療法を受けている間は検査しないこと VKA を少なくとも 2 週間中止し、DOAC を少なくとも 2 日間(できればそれ以上)中止し、UFH または LMWH による抗トロンビン値を 24 時間以上中止した場合に検査する。
・強い危険因子によってVTEが誘発された場合は検査しない
 大きな外傷、大きな手術、動けない状態、大きな病気など
・検査を考慮するとき 弱い誘発因子やVTEの強い家族歴に関連して若年でVTEが発生した患者、またはVTEを再発した患者に検査を考慮する。
・検査の目的を明確にする 将来のVTE予防に関する意思決定を支援するため、家族の検査(特に、女性の家族の経口避妊薬または妊娠に関連するリスク)、および原因究明(特に、重症VTE、家族の致死的VTE、または異常な部位のVTE)のために目的を特定する。


●悪性腫瘍
上記のルーチン検査と、年齢相応の癌スクリーニングのみ推奨されます
First episode of uncomplicated unprovoked VTE
We believe that an evaluation for cancer in patients with a first unprovoked (idiopathic) episode of VTE should be limited to a complete history and examination, basic laboratory testing, routine age-appropriate cancer screening, and a chest radiograph. Any abnormality observed on initial testing should then be investigated.

unprovoked VTEにおいて広範な癌スクリーニングと限定的な癌スクリーニングを比較したRCTやメタ解析が根拠になっています。

Screening for Occult Cancer in Unprovoked Venous Thromboembolism.
N Engl J Med. 2015 Aug 20;373(8):697-704.

ほか参考文献
Screening for occult cancer after unprovoked venous thromboembolism: Assessing the current literature and future directions.
Eur J Haematol. 2023 Jan;110(1):24-31.
非誘発性VTEと診断された後に開始される検索と診断は、大規模で、費用がかかり、経済的にも精神的にも疲弊する可能性がある。
無症状の非誘発性VTE患者に対しては、病歴と身体的検査から特に指示がない限り、年齢と性別に特化したがん検診を超える広範な検診を行わないことを推奨する。

初回静脈血栓塞栓症(VTE)患者で、血栓素因検査を検討するためのアルゴリズム。
強い誘因によって誘発された初回 VTE 患者では、血栓素因検査の役割はない。
弱い因子(軽い手術や長時間の飛行機旅行)によって誘発されたVTEを有する若年患者では、検査結果がVTEの初期管理に影響を及ぼしてはならないことを十分に理解した上で、検査を考慮することができる。
VTEの既往のある患者は、血栓症の有無に関係なく、リスクの上昇時にVTE予防を考慮されることが多いので、弱い誘因で誘発されたVTEを有する若年患者において、遺伝性血栓症の検査結果を知ることが有益なのは、外因性エストロゲンの使用や妊娠を考えている女性の家族だけであることが多い。
初発の非誘発性VTEの若年患者も、遺伝性血栓症の検査から得られる個人的利益は「限定的である」が、その結果は女性の家族におけるエストロゲンの使用や妊娠管理に関する決定に影響を与える可能性がある。
非誘発性VTE、特に動脈血栓性イベントのある患者に対しては、抗リン脂質抗体(aPL)検査を実施することができる。
脾静脈に血栓症のある患者は、真性多血症や発作性夜間ヘモグロビン尿症(PNH)などの骨髄増殖性新生物(MPN)のスクリーニングも行うべきである。


以上よりこのようなスライドを作りました
Virchowの三徴から血栓素因を鑑別としております

解剖学的な走行異常では、Paget-Schroetter 症候群(左右上肢に生じる血栓)、May-Thurner 症候群(左総腸骨静脈に生じる血栓)
といったものがあります
 

③抗凝固療法の期間は?
抗凝固療法の継続期間は、検査結果によって決めるのではなく、「provokedか、unprovokedか」という臨床状況によって決定することが推奨されています。
血栓素因の検査結果ではありません。

 治療期間の原則は3ヶ月です。
unprovokedかつ出血リスクが低い場合は、"indefinite"(期限を決めない)な抗凝固療法を行います。
"indefinite"は「永遠に」という意味ではありません。定期的に血栓リスクと出血リスクを再評価し、抗凝固療法の中止が適切と考えられれば、中止することが求められています。
原因の次第で、case by caseですね 大雑把ですが...


なおNEJMでは
非誘発性 VTE 患者は、誘発性 VTE 患者と比較して再発リスクが有意に高く、抗凝固療法中止後 1 年で約 10%、5 年で累積リスクが 40%、10 年で 50% 以上となる。
ある研究では、Factor V Leidenまたはprothrombin G20210A変異遺伝子変異のヘテロ接合性である非誘発性 VTE 患者の再発リスクは低く、遺伝性血栓形成傾向のない患者のリスクと有意に差がありませんでした。
別の研究でも、遺伝性血栓症患者の再発リスクは遺伝性血栓症でない患者と比較して低く、prothrombin G20210A遺伝子変異患者では調整ハザード比が 0.7、Factor V Leiden患者では 1.3であった。また、プロテイン S、プロテイン C、アンチトロンビンの欠乏症患者と、これらの欠乏症のない患者とでは、リスクに有意な差はありませんでした (調整ハザード比 1.8)
非誘発性 VTE および遺伝性血栓素因を有する患者は、標準用量の抗凝固療法を受けている間、遺伝性血栓素因を有しない患者と比較して VTE 再発リスクが高くなることはありませんでした。

Special Situationsとして、抗リン脂質症候群、珍しい部位(内臓静脈や脳静脈)の血栓症、高エストロゲン状態、悪性腫瘍の記載があります

 


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