ARNIとBNP (チャラくな医のメモ)

PARADIGM-HF試験では、ARNI(アンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬)がエナラプリルに比べて心血管死や心不全による初回入院、さらには総死亡率を有意に低下させることが示されました。この結果を受けて、現代の臨床現場ではARNIが広く使用されるようになっています。しかし、ARNIの投与によってBNP(B型ナトリウム利尿ペプチド)の濃度が変化し、心不全の状態を正確に反映しなくなる可能性が指摘されています。

BNPは、心不全の診断や予後予測において極めて重要なバイオマーカーです。その濃度や動態は治療によって大きく変動し、特にARNIの投与時には注意が必要です。BNPは腎臓を含む様々な臓器に作用し、NPR-A受容体に結合することで細胞内のcGMP産生を促進し、ナトリウム利尿作用や血管拡張作用を引き起こします。また、BNP自体がネプリライシンの阻害作用を持つことが示唆されており、高濃度のBNP(916 pg/mL以上)ではネプリライシン活性が抑制されることが報告されています。

BNPは心筋から前駆体であるproBNPの形で分泌され、フリンという酵素によってBNPとNT-proBNPに分解されます。この二つのペプチドは等モルで血中に分泌されますが、NT-proBNPは年齢や腎機能の影響を受けやすく、特に腎不全患者ではBNPよりも著しく増加する傾向があります。

ネプリライシンは、ANP(心房性ナトリウム利尿ペプチド)に比べてBNPの分解に対する基質特異性が低いため、ARNI投与後にはBNPが一時的に上昇しますが、その上昇幅はANPに比べて小さいことが知られています。また、proBNPとNT-proBNPはネプリライシンによって分解されないため、これらの濃度はARNIの影響を直接受けません。

BNPの免疫測定法では、proBNPと成熟BNPの両方が測定されますが、実際に血中を循環している成熟BNPの割合は約30%と意外に少ないことがわかっています。ARNI投与初期にはBNP濃度が一時的に上昇しますが、その後、心筋壁のストレスが減少することでBNPの産生が低下し、最終的にはBNP濃度も低下することが確認されています。

さらに、ARNI投与後の研究では、血漿ANPと尿中cGMP濃度が投与2週間後に顕著に上昇し、これは左室駆出率や左房容積の減少と強く相関していることが示されました。BNP濃度は基本的に低下する傾向がありますが、一部の症例ではBNPが上昇することがあり、これらの症例では心不全による再入院率が高いとされています。これらの知見は、ARNI治療下におけるBNPの解釈において、慎重な判断が求められることを示しています。

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