あなたのような人にこそ、お医者さんになってもらいたいわ
こんにちは。腎臓内科医のDr.クロシバです。
今回はいつもの医学解説ではなく、私の中で宝物となっている思い出をお話ししたいと思います。
うぬぼれと挫折
医学部4年生が終わる頃、私は自信と使命に燃えていました。
CBTという全国の医大生が受ける共通試験で、私は偏差値79くらいの高得点を叩き出し、鼻高々でした。ちょうどその時期、地元で東日本大震災も発生しており、井の中の蛙だった私は「将来は立派な医師になって地元へ帰る」と息巻き、意気揚々と進級しました。
しかし、5年生で臨床実習が始まると、私の自信はあっという間に粉々に打ち砕かれました。
実習では大学病院で実際の診察や手術に立ち会い、時には割り振られた患者さんの診察も行ないます。
そんな状況下で私は、自分の頭に詰め込まれた医学知識が、医師として現場で働くには全く不十分であることを痛感させられたのです。
試験では「Aという病気の治療にはBという系統の薬を使う」ということが分かれば正解をもらえます。
ですが、現場では、目の前の患者さんの病気はAなのかA´なのかどうやって見分けるか、何種類もあるB系統の薬のどれをどのくらいの量で使うか、など具体的で詳細な知識が求められます。
そんな実践的な知識は当然なく、自分の至らなさに様々な科で何度も直面し、「自分は立派な医者どころか普通の医者にすらなれないかもしれない」と、高々だった鼻は根元から折れてしまいました。
車椅子のおばあさんとの出会い
そんな失意の中、泌尿器科実習の昼休みに、私は病院内で迷子のおばあさんに出会いました。
年齢はおそらく80代で、娘さんと思われる60歳くらいの女性が車椅子を押していました。
エレベーターを待っていた私は、「循環器内科の外来はどこですか?」とそのおばあさんに尋ねられました。
恥ずかしながら、当時の私はあまり気が乗りませんでした。
人見知りかつ頭でっかちで、電車でお年寄りへ席を譲るために数分間考え込み、結局勇気が出ずに声をかけられないような人間でした。
しかし、その時は周りに私以外の病院スタッフがおらず、循環器外来の場所は以前の実習で知っていて、時間的な余裕もありました。
嘘を吐いて断わることで罪悪感に苛まれるのも嫌だったので、「ご案内します」と答え、車椅子を押して連れていくことにしました。
外来へ向かう途中、おばあさんから色々と話しかけられました。
会話の中で私が医学生であることが分かると、おばあさんはとても褒めてくれました。
私は反射的に「そんなことないです。自分なんて何もできないことばかりなので。」と答えました。褒められることが苦手で謙遜するきらいもありましたが、これはほぼ本心から出た言葉でした。
そんな私に、おばあさんはゆっくりと、しかし力強く言いました。
「そんなことないわ。あなたのような人にこそ、私はお医者さんになってもらいたいわ。」
目頭が熱くなり、喉の奥が締め付けられるような感じがしました。
鼻声になりかけていることを隠しながら、私はおばあさんを外来へ送り届け、実習に戻りました。
気づき
おばあさんは、私のことを善良で優しい人間だと勘違いして、あの言葉をくれたのでしょう。
それでも、自信を打ち砕かれていた私にとって、涙が出るほど嬉しい言葉でした。
同時に、自分の視野が狭まっていたことに気づきました。
できないことばかりに気を取られて、できることを見失っているのではないか、と。
それからの実習では、自分にできることをやってみるようにしてみました。
患者さんのベッド位置を予習して回診がスムーズに進むように案内したり、主治医の先生が来るまで検査室で患者さんと世間話をしたり、具合が悪い弟の受診に連れて来られて騒いでいた元気な男の子と遊んだり。
やってみると予想以上に感謝の言葉をいただけるので、先輩ドクター、病院のスタッフ、患者さんの役に立てるなら、医師として一人前になれるまで焦らず成長していけばよいと思えるようになりました。
現在とこれから
現在は医師免許取得から10年以上経過し、一通りの専門医資格を取得して、地域の基幹病院で後輩ドクターを何人も指導する立場となりました。
医学生の頃のような絶望的な無力感に苛まれることはなくなりましたが、現代医学では未解決の問題や政治的しがらみなど、より大きな壁に直面することが増えました。
そんな時、車椅子のおばあさんからいただいた言葉が、自分のできることを少しずつ積み上げて行けばよいと今も励ましてくれます。
私はまだ昔の自分が思い描いていた「立派な医師」にはなれていません。
これからも患者さんから学ばせていただくことを繰り返して、少しでも近づけるように努力していきたいと思います。
おまけ
「患者さんのためのやさしい腎臓病教室」というマガジンをnoteに連載しています。
医師の間でも分かりづらいと評判?の腎臓学について、患者さんにも分かりやすいような内容で説明しています。
ぜひご一読ください。
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