スタンディングデスクは健康に良い?
こんにちは、Dr.K(ドクターコージ)です。
ひと昔まえに、座りっぱなしは良くないからと、「スタンディングデスク」が注目されたことがあります。今でも、高さをスイッチで自由に変えられる机が売られていたりします。
確かに、「長時間座ったまま」でいると、下肢の静脈の流れが滞り、血液が固まりかけた「血栓」が出来やすくなります。そして、立ち上がり動き始めた時にその血栓が押し流され、細い肺静脈を詰まらせると、「肺血栓塞栓症」となり、呼吸困難や胸痛、失神発作、心停止を引き起こします。
この疾患が報告された当初は、動けるスペースの少ない、民間旅客機のエコノミークラスの乗客に良く起こると言うことから、「エコノミークラス消耗」と呼ばれましたが、座席のクラスがビジネスやファーストであったとしても、座りっぱなしだと起こると言うことから、「ロングフライト症候群」と言う呼び方が推奨される様になったりもしました。
そして、肺血栓塞栓症を予防する目的から、スタンディングデスクが注目されたのですが、座りっぱなしや立ちっぱなし、じっとしている時間の長さと心血管系疾患や循環器系疾患との関係は、実はよく分かっていなかったんですね。
そして、国際的な疫学の学術誌に、オーストラリアとオランダの研究チームが、最近になって興味深い研究結果を報告されました。コレは以前から指摘されてはいたことなんですが、大規模な研究としてようやく確認されたと言う感じです。
成人8万3013人の動作を加速度計で測定した英国のBiobankのデータを対象に、1日の座っている時間や立っている時間を調べ、心血管系疾患(冠動脈性心疾患、心不全、脳卒中)や循環器系疾患(起立性低血圧、静脈瘤、慢性静脈不全、静脈潰瘍)との関係を分析したそうです。
その結果、座る時間の長さと心血管系疾患のリスク増大との相関が再確認され、座る時間が1日10時間を超えた場合、循環器系疾患のリスクは1時間ごとに26%、心疾患系疾患のリスクは同15%、それぞれ増大していました。
そして立つ時間が1日2時間を超えた場合には、循環器系疾患のリスクは30分ごとに11%増大していましたが、心血管系疾患のリスク増大との関係は認められませんでした。
研究チームは「予防策として座る時間を減らし立つ時間を増やしても、心疾患系疾患のリスクは低下せず、循環器疾患のリスクを増やす危険性がある」としており、「心疾患系疾患のリスクを減らすためには立っているだけでは不十分」としています。
要は、「座っていようが立っていようが、同じ姿勢で動かずにいる時間が長ければ、循環器系疾患のリスクは増大する」と言うことです。この論文でも、改めて分析し直したところ、座位か立位かに関わらず、動かない時間が1日12時間を超えると循環器系疾患のリスクが1時間ごとに平均22%上昇し、心疾患系疾患のリスクは同13%の増大につながる結果になりました。
ちなみにですが、立ちっぱなしの仕事である寿司職人などには、肺血栓塞栓症だけで無く「下肢静脈瘤」のリスクが高いことも知られています。
コレも病因としては同じことではあるのですが、長時間十分に下肢の筋肉を大きく動かすことなく立ち続けることで、静脈やリンパの流れが滞り、浮腫むことが多くなり、静脈の逆流防止弁が破綻し閉じなくなることで、下肢の浮腫みがひどくなったり、ミミズの様に静脈が怒張してしまう病気です。静脈血の戻りが悪くなるという事で、血流が悪くなり足の怪我が治りにくなったりもします。そう言う意味でも、定期的に足をしっかり曲げ伸ばしすると言うことは、とても大切です。
寝たきりで動けない人であれば、1日10-12時間動かずに同じ姿勢を保ち続けることはあるでしょうけれども、健康な人であれば数時間毎に排泄や飲食などを目的に動くとは思いますので、逆に日常生活でコレだけの時間全く動かずにいる方が大変ですよね。
とはいえ、長時間のフライトに乗った時や、溜まった仕事を消化している時には、ついつい長くなってしまうことがあるかも知れません。
理想的には立ちっぱなしや座りっぱなしの時間が長引いた時には、数時間おきに数分で良いので歩き回ったり、スクワットや腿上げ運動をするのがベストです。
環境的に立ち上がることが無理であれば、締め付け力のある弾性ストッキングや靴下を事前に履いたり、定期的にふくらはぎを揉んでマッサージしたり、足首をグルグル回したり、こまめに踵を上げ下げする運動を意識的に行うことでも、下肢の静脈やリンパの滞りを減らしたり、流れを促進させることが出来ます。
医学的にも、集中治療室や手術室などで、長時間ベッド上安静をせざるを得ない場合には、弾性ストッキングや弾性包帯を下肢に装着し、空気圧で定期的に加圧マッサージを行う機械を装着することで、肺血栓塞栓症を可能な限り予防することが行われます。
スタンディングデスクが定着しなかったのは、立ちっぱなしで疲れると言うこともあったのでしょうが、この様なリスクもあることを知って使うのが大切かと思います。
この知見は、災害時にもとても大切だったりします。と言うのも、避難所での生活や車中泊を続ける人達の中に、肺血栓塞栓症で救急搬送されたり、亡くなる事例があるからです。