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被災地で気をつけるべき病態

こんにちは、Dr.K(ドクターコージ)です。
令和六年能登半島地震で被災されている方々、体調管理が普段以上に難しいと思います。

メディアで「低体温症」や「エコノミークラス症候群」「一酸化炭素中毒」などへの警鐘が鳴らされていますが、テレビも観られず基地局の非常用電源枯渇による通信障害も出ているとお聞きしています。早急な通信環境の復旧がされることをお祈り致します。

そして被災地で起こり得る病態について、知っておくべきことをまとめてみました。必要な方にシェアしてご活用下さい。

【低体温症】

低体温症とは医学的には「深部体温が35℃未満となること」と定義されています。ですから深部体温が35.0℃以上であれば「低体温症」とは臨床的に診断されませんが、症状やそれが起こる機序は同じですので、深部体温が測定出来なくても、同じ予防策や対処法が有効です。

症状としては、初期にはシバリング(自分で止められない震え)が起こります。激しいシバリングは深部体温が約31℃を下回ると起こらなくなるので、体温はより急激に下がります。体温が低下すると中枢神経機能も下がり寒さを感じなくなり、眠気を感じ始めます。機序としては「身体の熱放散が熱産生を上回る場合に起こる」とされます。

典型的には氷結した海や湖沼に転落した場合や、雪山など寒冷地での遭難時に起こりますが、温暖環境においても、酩酊時などに冷たい表面に動かず横たわっていた場合や、20℃前後の水に長時間浸かっていた場合に起こることもあります。また、濡れた衣服を着たままだったり、風がふいていると低体温症のリスクが高くなります。

高齢者は温度感覚が低いだけでなく、移動能力およびコミュニケーション能力が低い傾向があり、無意識に寒冷環境に居続ける傾向が高い上に、体脂肪率も低いことが多いので、屋内に在宅中であっても、低体温症で救急搬送される方がいます。

年少者も同様に移動能力やコミュニケーション能力が低い上に、体脂肪率は高いですが、表面積/体重比が高いために熱放散が大きく低体温症になりやすいです。

急激に冷水に顔をつけた場合に起こる、内臓筋における反射性血管収縮などの潜水反射は、心臓や脳などの重要な臓器の血流を守る為に起こるとされます。小児において最も顕著で、氷点に近い水に全身が浸かることで急速に生じた低体温症において、脳が低酸素から保護され、長時間の心停止から奇跡的に後遺症となく回復する例が報告されています。

最優先されるのは、濡れた衣服を脱ぎ、乾いた衣服やアルミ蒸着シート等で断熱し熱放散を防ぐことです。シバリングが起きている間に対処しましょう。対処していないのにシバリングが止まった場合は危険です。

【肺血栓塞栓症】

以前は「エコノミー(クラス)症候群」と呼ばれていましたが、長時間同じ姿勢を維持し続ける状態であれば、ファーストクラスやビジネスクラスであっても起こり得ると言うことから、専門家では「ロングフライト症候群」或いは病態である「肺血栓塞栓症」と呼ぶ様になっています。

動脈は心臓の鼓動や動脈自体の拍動に合わせて血液が流れますが、静脈は筋肉の収縮によって流れるので、筋肉を動かさない状態が長く続くと、血液が固まりやすくなります。その後動き始めた時に、固まりかけたゲル状の血液が押し流されると、細い血管を詰まらせますが、肺の静脈に詰まると呼吸機能が一気に低下し、胸痛や呼吸困難が起こり最悪の場合死に至ります。

血液が固まりやすい状態で起こりやすいので、動脈硬化のある方は高リスクですし、脱水傾向でも同じです。可能な範囲で水分をこまめに摂取する様にしましょう。カフェインを含むお茶やコーヒーは利尿作用がありますが、飲んだ量の半分程度は水分補給出来ていると考えて良いです。メンタルケアの為にアルコールを飲むことも否定はしませんが、脱水を助長するので避けるとともに、飲む場合にはより水分補給を意識しましょう。

4時間以上動かないとリスクが高まると言うことで、「2-3時間ごとに体を動かす」ことが予防に繋がります。膝の屈伸運動や軽く歩くだけでも十分効果があります。座席に座ったままや立ったままでも、かかとやつま先の上下運動や腹式呼吸を、1時間毎に3-5分行うことも効果的です。

医学的には血栓症予防に弾性ストッキングを下肢に着用させることもありますが、一般的な体を締め付ける服装は血流を妨げる傾向があるので、ゆったりした服装が望ましいです。

また、睡眠薬を使うと、自然な体動も抑えてしまうので、肺血栓塞栓症の予防という観点からは可能であれば睡眠薬は使わない方が良いです。

【一酸化炭素中毒】

濃度にもよりますが、30分から1時間前後で頭痛、めまい、吐き気がしてその後意識を失う、と言うのが典型的です。より濃度が高い場合には1分以内に意識喪失し死亡することもあります。

基本的に「換気不足」の状況で火を使うことで起こります。車中泊中に排気口が雪などで埋まることで起きることが良く知られていますが、本来屋内で使用してはいけない発電機を屋内で稼働させたり、灯油を利用するストーブやファンヒーターの利用(最近の製品は不完全燃焼時にはエラー表示が出ますが、20年以上古いものは要注意)、あるいは密閉空間で七輪やドラム缶などで物を燃やして暖を取る様な時にも起きやすいです。「火を使う時は換気の良い環境で」と意識しておきましょう。

【栄養管理】

災害用備蓄食品や支援物資に含まれる加工食品は、蛋白質、ビタミン、食物繊維などが不足しがちです。肉や魚、卵、新鮮な野菜や果物これらのものが食べられる時は意識して食べるとともに、栄養補助食品が確保できる場合には使うのも良いですね。野菜ジュースやフルーツジュースも悪くは無いですが、果糖を過剰に含むので1-2日に1回程度にしておきましょう。

【精神的ストレス症状】

災害直後の恐怖や悲惨な光景の目撃がもたらすトラウマ反応と呼ばれる症状が被災後の精神症状としてあります。被災時の恐怖や直後の記憶が突然フラッシュバックしたり、逆に思い出さない様に災害に関連する刺激を極度に避けたり、気が高ぶって些細な刺激に過敏に反応する、などが典型的です。
またご家族や知人との死別や、住宅などの喪失がもたらす喪失感や罪悪感などの悲嘆反応、避難所や仮設住宅での生活上の困難がもたらすストレスで、気分が落ち込む、原因不明の体調不良が続くなどの変化が起こることがあります。

重要なのは、これらの反応の多くは「当たり前に起こる正常な反応」であり、一部には心的外傷後ストレス障害(PTSD)や、うつ病などになる人もいますが、多くの場合は時間の経過の中で地域の復興や生活再建が進んでいくと自然に回復していく、と理解し、ひとりで抱え込むのではなく、可能であれば話せる相手を作っておくことが大切です。避難所ではこの様なストレスケアを目的にした茶話会の様なイベントが開かれることも多いので、積極的に参加してみるのも良いと思います。

忘れられがちなのが、災害救援者と呼ばれる消防士、救急隊員、自衛隊員、警察官、医療支援チーム隊員などが、救援活動をとおして受ける心理的な影響です。特に沢山のご遺体を扱う体験、命の危険を感じ実際に殉職者が出るような現場活動、あるいは社会からの批判などが重なりあい起こる心理的症状を「惨事ストレス」と呼び、阪神・淡路大震災以降に様々な組織で対策が取られていますが、救急医療関係者や復興業務に長期間携わる被災地の行政職員への対策は未だ不十分で、精神症状から休職や離職に至ったり、最悪の場合、自殺されてしまう悲劇さえ起きています。

被災者だけでなく、復興に携わる人たちのメンタルヘルスも守ることが、災害大国の日本としては大切かと思います。

【感染症対策】

ただでさえ被災によるストレスがある上に、不特定多数が密集する避難所生活では、感染症のリスクが高くなります。基本的な感染対策を励行しましょう。

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