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Frank Sinatra – Watertown (1970)

 Frank Sinatraの傑作『Watertown』を愛する人にとって、このアルバムにまつわるいくつかの事実は、耳にするのがいささかツラいことばかりだ。60年代末のSinatraは、出演映画やレコードの評価も芳しくなく、それに輪をかけて本作が当時3万5千枚しか売れなかったことも、後の歴史家が彼の引退を裏付ける格好の材料となった。こうした事柄によって、ポップ・ロック畑の傑物が力を合わせてSinatraの新境地を作り上げた『Watertown』の価値は不当におとしめられてきたのである。
 フォーク・シンガーのJake Holmesが書いた、くたびれた町と退屈な日常(「Watertown」)、具体的な言葉を省いて描写される人間関係(「What's Now Is Now」)といったテーマは、60年代のあいだに培われてきたポップなSinatraのサウンドと組み合わされた。『Watertown』はジャケットのような色彩の薄い情景を描いた明確なコンセプト・アルバムだ。
 それまでは考えられなかった複雑な展開の「She Says」のような曲もあるが、Bob Gaudio(The Four Seasonsのメンバー)やCharlie Calelloといった一級のポップ・メイカーたちは、Sinatraのボーカルが荘厳になりすぎないギリギリの水準を見極めている。Holmesが愛情の逆説を込めた「I Would Be In Love (Anyway)」は、ボーカルと音楽の興奮も最高潮を迎える見事なハイライトだ。
 確かにこの暗く地味な内容のアルバムは、サイケ・サウンドに夢中なビートニクの心をつかむことはできなかった。この物語の主人公は真に孤独で寂しい男だ。だがこのコンセプト自体はSinatraにとって異色でもなんでもない。思い出してみれば、彼は「Mood Indigo」の頃からずっと孤独を歌い続けてきたではないか!