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松任谷由実 – 紅雀 (1978)

 『紅雀』は、荒井由実がアレンジャー兼キーボーディストの松任谷正隆と結婚して以来、1年半近い空白期間を経たのちに〈松任谷由実〉として発表したオリジナル・アルバムの第一弾だった。それと同時に、私小説にも思える内省的かつ意味深な内容や、きらびやかさを抑えたシックなサウンド、さらにおだやかなラテン・ポップの傑作に仕上がっているという、様々な意味で松任谷の新境地を示す作品でもあった。
 冒頭の「9月には帰らない」は荒井時代から通じる優れたバラードだ。続く「ハルジョオン・ヒメジョオン」は2曲目ながら本作のハイライトで、アンデス風のメロディに乗った〈私だけが変わり、みんなそのまま〉という歌詞は多くのファンの興味をそそった。だが本作は感傷だけに満ちたアルバムでは決してなく、「私なしでも」やタイトル・トラック「紅雀」のように、印象的なホーンをフィーチャーした素晴らしいラテン・ナンバーも収録されている。
 「罪と罰」は道ならぬ恋を暗示した内容で、これは結婚しても彼女の情熱が失われなかったことの証明でもある。示唆的なフレーズはラストの「残されたもの」にもある。〈またひとりだけの時が始まった〉という独白は、まるで新たなキャリアをスタートした松任谷の強い決意のようだ。
 後に彼女が続々と生みだす名曲の華やかさは、本作ではあえて抑制されている。だが、松任谷由実というソングライターの内面が垣間みえる『紅雀』は、異色作にして重要作といえる。

ℹ️ LP時代の帯によれば、本作はエキスプレス・レーベルの10周年記念作品でもあった。