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Music Emporium – Music Emporium (1969)

 1960年代末期の西海岸に出現したMusic Emporiumは、オルガンのBill "Casey" Cosbyが率いた男女混成のサイケデリック・カルテットで、卓越したテクニックのCosbyをはじめとして、メンバーそれぞれが実に優れたミュージシャンだった。彼らは本作のみしかアルバムを残さなかったが、Loveの『Forever Changes』に大きな影響を受けたと言われる音楽性の多彩さは、Syd Barrett時代のThe Pink Floydにも比肩するほどだ。
 圧倒的なのは冒頭の「Nam Myo Ho Renge Kyo」(ジャケットは誤植でHoが抜けてしまっている)で、これは言うまでもなく仏教の題目である〈南無妙法蓮華経〉を英語風に解釈したものだ。Cosbyの哲学に満ちた英語詞と併せて聴くとどこか呪術的なイメージさえ漂ってくるが、印象に残りやすいハードなリフの力も大きい。ベースのCarolyn Leeを交えた男女コーラスも魅力で、「Velvet Sunsets」はハーモニー自体はトラッド風だが、Cosbyによる粘ついた質感のオルガンが大きな個性をもたらしている。
 鮮やかなプロト・プログレである「Times Like This」、静謐なフォーク・ロック「Gentle Thursday」も素晴らしく、「Cage」ではDora Wahlがパワフルなドラムでリスナーの内臓を震わせる。ギターのDave Padwinは強力なガレージ・ロック「Sun Never Shines」を書いているが、このナンバーも抑揚のついた一筋縄で行かない構成がまた見事だ。
 あらゆるジャンルを織物のように重ね合わせた、サイケデリック音楽の深遠な魅力を見せつける一枚だ。だが、オリジナル盤は数千ドルで取引されるのが当たり前な幻の傑作として知られている。