Bill Marx Trio – My Son The Folk Swinger (1963)
本作の内容について触れる前に、まずは日本盤のライナーノーツにおいて起きている誤解を解いておく必要があるだろう。日本語解説では、Bill Marxの父親(養父)である有名コメディアンHarpo Marxをあしらったジャケットを、〈親の七光り的なプロダクション〉と断じてしまっているのだが、これにはちゃんとした理由があるのだ。
まず知っておくべきは、本作が一枚のジャズ・アルバムであると同時に、Allan Shermanによるパロディ音楽の歴史的名盤『My Son, The Folk Singer』に対する一種のパロディ返しになっている、という点だ。冒頭で触れた、アーティストの親がしゃしゃり出てくるという構図も、このアルバムに倣ったギャグなのである。当時、替え歌芸で一世を風靡していたShermanは、Marx一家と古くから交流の深かったコメディアンで、実はこのことは本作の原盤ライナーノーツの方で触れられている。つまり本作は〈親の七光り〉どころではない。ご近所に住むShermanの人気にもあやかった、もっとタチの悪いシロモノだと言えよう。
肝心の内容はというと、当時若者のあいだで流行していたフォーク・ソングをジャズにアレンジした意欲作だ。名手Victor Feldmanのヴィブラフォンをフィーチャーしていることもあり、実に流麗で洒脱な西海岸風のサウンドに仕上がっている。タイトルは知らなくてもメロディは知っている、そんな曲もあるに違いない。
冒頭の「Sarah Jackman」は何を隠そうShermanの十八番で、童謡の「Brother John」をユダヤ社会のあるあるネタを交えて替え歌にしたものだ。本作では当然インストだが、MarxのタッチとFeldmanのヴァイブが生むやりとりは全篇に渡り軽快である。「Tzena, Tzena」はもともと中東の民謡だったものをPete Seegerがアメリカに広めたもので、Marx自身によるアレンジ(彼は編曲術と映画音楽の経験を積んでいた)によって、ジャジーなダンス・チューンに仕上がっている。
「Pick A Bale Of Cotton」は陽気なリズムが、「John Brown's Body」は行進歌らしい堂々とした雰囲気がそれぞれ素晴らしいのだが、いずれも前述のアルバム『My Son, The Folk Singer』のなかで、Shermanの抱腹絶倒の替え歌芸の餌食になっているのは苦笑いものだ。しかし、本作の中でも「Greensleeves」のアレンジは特に見事で、静謐でミニマルなイントロからアンサンブルを展開していく様には、かのMJQにも似たクラシカルな美学が感じてとれる。