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Casey Bill Weldon & Kokomo Arnold – Bottleneck Guitar Trendsetters Of The 1930s (1975)

 戦前に花開いたスライド・ギターの妙味を、現在まで伝えるヤズーの名盤である。同レーベルの看板とも言えるRobert Crumbによる温かみのあるイラストも有名な本作では、Casey Bill WeldonとKokomo Arnoldというスタイルの異なる2人のギタリストがカップリングされた。
 「Lady Doctor Blues」はWeldonのゆったりとしたスライドが印象的で、この特徴な音色はTampa Redに対抗する〈ハワイアン・ギターの魔術師〉の異名を彼にもたらした。「You Just As Well Let Her Go」ではラグやホウカム・ソングをはじめとした、当時流行した陽気なメロディを見事に取り込んでいる。
 かつて密造酒を生業としていたKokomo Arnoldは、A面の演奏とは対照的に豪放磊落といった様相だ。冒頭の「The Twelves (The Dirty Dozens)」のスピーディーなスライド、まるでラップのようにまくしたてる歌、そして豪快な笑い声は、90年経とうとしている現在でもこの上ない迫力をもって聴く者の耳に届く。彼のスタイルはRobert Johnsonをはじめとしたミシシッピ・ブルースの一つの基準となった。その一例が「Sagefield Woman Blues」で、「Dust My Broom」の歌詞の一節はArnoldのこの曲から引用されている。Elmore Jamesにさえも先駆けるような力強いギターはまさにブルースの原点だ。
 軽快なA面と大胆なB面という明快な構図は、偉大な二人の名人のコントラストを見事に際立たせており、それは戦前ブルースの深みを伝える最高の語り部でもある。今となっては、この時代のブルースは総じてデジタル・アーカイブに取り込まれてしまったが、レーベルの手腕が生きるこうした録音集は、古典ファンの心を掴んでいまなお離さない。

本作には現在判明している事実から言うと、注意しなければならない点が存在する。本作のA-5に収録されている「Hitch Me To Your Buggy And Drive Me Like A Mule」という曲だが、これはCasey Bill Weldon本人の録音ではない可能性が非常に高い。そもそも〈Casey Bill Weldon〉というギタリストは、長年にわたってMemphis Jug Bandのメンバーである「Will Weldon」と同一人物(いわゆる別名義)として認識されており、1975年の本アルバム発表当時も、A面の曲はこうした別名義を含め、全て〈Casey Bill Weldon〉一人による演奏だと考えられていた。しかし、近年になってこの〈Will Weldon〉なる人物が〈Casey Bill Weldon〉とは別人である可能性が高いことが研究家たちによって指摘されている。つまり本作のA面には1曲だけ他人の曲が混ざっている、という説が現在では有力だ。両者ともハワイアン・スタイルに影響を受けた奏法だったためにこうした混乱が生じたようだが、Casey Billは70年代まで生存していたのに対し、Will Weldonは戦前のうちにこの世を去っている。こういった録音の取り違えはブルースの世界では珍しくないが、二人の写真が多くのメディアで今もなお混同して使われてしまっている事実には注意されたい。