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古川壬生 – 壬生 (1978)

 70年代後期の東北から突如として飛び出したアルバム『壬生』は、数あるジャパニーズ・フォークの中でも最もスピリチュアルな作品の一つである。東北民謡に根差したリズムや、三味線の奏法を取り入れたサウンドは、アメリカのプロテスト・ソングやイギリスのトラッド系ミュージックの文脈からは完全に乖離しており、かといって単なるアシッド・フォークとも同列に語りがたい異質さを漂わせている。当然ながら再発まで長い歳月を要し、伝説のように語られてきたカルト的な一枚だ。
 聴くだけで凍えるような吹雪のSEと、東北訛りの強い古川壬生の独白から始まる「地吹雪心経夢和讃」は本作のコンセプトを象徴している。幼くして亡くなった弟の名である「壬生」を名乗り、重苦しい太鼓のリズムにのせて恐山を礼賛する様はなんらかの儀式と聴きたがうようだ。「砂山まつり」や「津軽念殺節」(おそらくねんころと読むのが正しいのだろう)のように、村社会特有の息苦しい閉塞感を漂わせている歌も印象的である。また、津軽三味線をモチーフとした「乱調じょんがら節」や、力強いねぷたの囃子と呼応する「乱調佞武多節」は、土着的な民謡のグルーヴとフォークの見事な融合である。一転して「悲しみのアバ」は強い東北訛りの語りで展開するトーキング・ブルースだ。
 興味深いことに『壬生』には、サブタイトルが複数ある。『津軽の風と土へ』は、まさに古川のルーツである東北のサウンドを表している。しかし、本作が真に異色作として位置づけられる所以は、そういった音楽の持つローカル性と同時に、「壬生」というオルタ・エゴをもって自らの業と対峙する非常にパーソナルなテーマも持ち合わせているところにある。この精神性と内省に満ちた試みは『業晒し』というもう一つの強烈なサブタイトルに集約されている。