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懸命より賢明に: Capability Trap

製品に欠陥があって顧客からクレームが来たとか,事故が起こったとか,何か問題が発生したとき,あなたが所属している組織はどのように対応しているだろうか.もちろん,その問題を解決する必要がある.そのために,上司は部下に「何とかしろ!」と叫ぶだろう.部下は必死になって問題を解決する.その結果,上司は胸を撫で下ろし,自分の指導力に満足する.

しかし,これこそが問題なのだ.確かに,問題は解決された.しかし,目の前の問題を解決するために全力を傾けてばかりいると,人・金・時間といった資源は有限であるため,長期的に組織能力を改善する余裕がなくなる. つまり,短期的な成果はあがっても,長期的に組織が凋落してしまうというわけだ.この問題は”Capability Trap”(能力の罠)と呼ばれる.

“Capability Trap”は,元々,MIT教授のNelson RepenningとJohn Stermanが定義したものだ.彼らは,多くの企業においてプロセスの改善活動が失敗してしまう原因を調査し,マネジャーや担当者が”Capability Trap”に陥ってしまうことが原因であることを突き止めた.”Capability Trap”とは,みずからを追い込んだり,あるいはマネジャーに強制されたりすることで,担当者がより賢く働く(work smarter)よりもむしろ,より一生懸命に働く(work harder)ようになってしまう状態を指す.これは,仕事をする方法を改善するためにではなく,従来のままの方法でより一生懸命に働くような方向に経営資源が継続的に振り向けられることで発生する.

次のように解釈することもできるだろう.改善活動の成果を「すぐに」出せという指令が来ると,目先の成果をあげるために,もっと頑張って働けという圧力が強くなり,その結果,まさにもぐら叩きに全力を尽くすようになる.確かに,モグラを叩きまくれば点数は上がるが,その効果は叩いている間しか継続しない.しかも,モグラを叩きまくることに担当者の時間と労力が費やされるため,逆に長期的な視点で”Capability”を向上させるための投資が疎かになってしまう.こうして,一時的に改善効果が現れたとしても,その効果は持続せず,現場が疲弊しきったところで改善活動は失敗に終わる.

では,この”Capability Trap”あるいは「能力の罠」を回避して,組織能力を高めるためにはどうすればよいのか.第一に,改善活動で成果をあげるためには時間がかかること(何かをしてから効果が出るまでには遅れがあること),しかも改善効果は逆応答を示すことを認識する.第二に,現場に懸命に働くことを求めるのではなく,賢明に働くことを求める.第三に,そのための時間と自由を与える.これが解決策だと述べられている.

この”Capability Trap”あるいは「能力の罠」は身近なところにも沢山事例がありそうだ.昨今の国立大学改革も他人事ではない.研究室運営においても,当然,この問題に陥ることは避けなければならない.目先の研究成果のみにとらわれて,「懸命に研究しろ!」と怒鳴るばかりで,学生に時間と自由を与えないのはまずいだろう.懸命なだけでなく,賢明に研究しなければならない.

参考文献
N. Repenning and J. Sterman (2001). Nobody Ever Gets Credit for Fixing Problems that Never Happened: Creating and Sustaining Process Improvement. California Management Review 43(4), 64-88.

© 2012-2021 Manabu KANO.

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