化学工学会技術賞を受賞:高炉操業支援
「高炉溶銑温度制御ガイダンスの実用化」という業績にて,化学工学会技術賞を受賞した.この技術開発と実用化には,JFEスチールの橋本佳也氏が中心となって取り組まれた.成果の一部は,橋本氏が当研究室(京都大学大学院情報学研究科システム科学専攻・ヒューマンシステム論分野)で社会人博士課程に在籍されていた当時のものである.
以下で,この技術について簡単に紹介する.
開発の背景
鉄鋼製品の原料である鉄は,鉄鉱石(酸化鉄)とコークス(炭素)を高温で反応(還元反応:酸化鉄+炭素→鉄+二酸化炭素)させることによって得られる.この反応を扱うための巨大な装置が溶鉱炉(高炉と呼ばれる)である.炉頂から鉄鉱石とコークスを層状に投入し,炉底から溶銑(溶けた銑鉄)を得る.
地球温暖化対策および製造コスト削減のため,近年の高炉操業では還元材比の低減が推進されており,操業の余裕度が縮減し,操業が難しくなっている.このような状況下で,高効率かつ安定な高炉操業を実現するために,溶銑温度制御は重要である.溶銑温度が極端に低下すると溶銑の副産物であるスラグの粘性が増加するため炉外への排出が困難となり,高炉の生産性を阻害する.一方,溶銑温度の低下を避けるために目標温度を高めに設定すると,余剰な還元材の消費が問題となる.
溶銑温度のばらつきを抑えて,その下限制約を順守しつつ溶銑温度の目標値を下げることができれば,還元材比の低減につながる.つまり,安定な高炉操業と経済的メリットを実現できる.
技術の概要
高炉では,運転員の技量に依存したマニュアル操業が行われており,自動制御による高効率かつ安定な操業が望まれている.自動化の足掛かりとして,炉底部から排出される溶銑の温度制御のための操業ガイダンスシステムの実用化を行った.
高炉は熱容量が大きく,操業アクションの即効性が弱いため,運転員は過去の操業アクションの効果を十分に予測できずに過剰アクションを実施する傾向がある.このため,溶銑温度の目標値に対するばらつきが発生していた.通常,運転員は2時間程度先の予測に基づいて操業アクションを実施するが,本技術では物理モデルによる8時間先予測に基づいて適切な操業アクションを算出し,操業ガイダンスとして運転員に提示する.これを実現するため,以下の3項目を実施した.
1)炉内反応や伝熱現象を考慮した非定常二次元モデルを新たに構築する.2)Moving Horizon Estimation法に基づき,鉱石のガス還元平衡,炉体ヒートロス等に係るモデル内のパラメータを自動調整することで原料変化等の外乱影響をモデル計算に適切に取り込む.
3)非線形モデル予測制御による8時間先予測に基づいた操業ガイダンスシステムを構築する.
実操業において開発した操業ガイダンスシステムの試験を実施した結果,ガイダンスシステムが推奨する微粉炭比の操作を行うことで,溶銑温度の制御偏差の根二乗平均値を従来のマニュアル操業と比較して1.9℃低減することに成功した.
この技術は,JFEスチールの全8高炉に実装され,コークス原単位の削減による経済効果およびCO2の削減効果を発現している.
技術の特色
1)非定常二次元モデルの開発
溶銑温度の将来予測をおこなうため,炉内反応や伝熱現象を考慮した非定常二次元モデルを新たに構築し,実操業データを用いて推定誤差の要因を考察した.その結果,鉄鉱石のガス還元反応が平衡状態に到達する化学保存帯の存在および炉下部の熱収支を適切に考慮することが,実現象の再現のためには有効であることが明らかとなった.この知見に基づき炉頂から装入される原料の分布や炉体ヒートロスに係るパラメータ調整を実施し,ガス利用率や溶銑温度などの主要プロセス変数の推定誤差を平均30%低減した.
2)状態推定手法の開発
物理モデルを長期に渡りプロセス制御に活用する際に,直接計測が困難な原料性状の変化等の外乱により推定誤差が発生する課題がある.高炉は時定数が長いため,現在の推定誤差は過去の外乱の蓄積により影響されている.そのためMoving Horizon Estimation(MHE)により主要プロセス変数の過去72時間の推定値が実績値に合致するように,過去に遡って鉱石のガス還元平衡,炉体ヒートロス等に関するパラメータを適応的に修正する手法を採用した.本手法により溶銑温度の将来予測精度を長期に渡り維持することが可能となった.
3)操業ガイダンスの実用化
新たに構築した非定常二次元モデルとMHEによる高精度な状態推定に基づき,非線形モデル予測制御による操業ガイダンスシステムを実プラントに実装し,溶銑温度の制御性能を検証した.本ガイダンスシステムにより推奨される微粉炭比の操作を行うことで,溶銑温度のばらつきが1.9℃低減した.
効果
今回開発した操業ガイダンスシステムが推奨する操作を行うことで,溶銑温度のバラツキを低減することに成功した.本システムはJFEスチールの全8高炉において実装済みである.また,単に推奨アクションを提示するのみならず,その算出根拠も合わせて提示することで納得性を高めており,高い推奨アクション実施率を実現している.さらに,溶銑温度ばらつき低減効果により,コークス原単位の削減を可能とし,大きな経済効果とCO2削減効果を発現している.
今後の展開として、溶銑温度だけではなく生産速度や通気度等の他の制御変数を含めた制御系を構築し,プロセス自動化を推進していくことが期待されている.
学術雑誌掲載論文
橋本氏が社会人博士課程在学中に発表された論文は以下の通り.
[1] Y. Hashimoto, Y. Sawa, Y. Kitamura, T. Nishino, M. Kano: Development and validation of kinematical blast furnace model with long-term operation data, ISIJ Int., 58 (2018), 2210.
[2] Y. Hashimoto, Y. Kitamura, T. Ohashi, Y. Sawa, M. Kano: Transient model-based operation guidance on blast furnace, Control Engineering Practice, 82 (2019), 130.
[3] Y. Hashimoto, Y. Sawa, M. Kano: Online prediction of hot metal temperature using transient model and moving horizon estimation, ISIJ Int., 59 (2019), 1534.
[4] Y. Hashimoto, Y. Okamoto, T. Kaise, Y. Sawa, M. Kano: Practical operation guidance on thermal control of blast furnace, ISIJ Int., 59 (2019), 1573.
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