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研究室紹介(3):システム工学思考で課題を解決する

研究室紹介のつづき.これが最後.

スーパー安納いもプロジェクトを推進する

医療だけでなく,農業分野にもシステム工学的アプローチを展開している.対象としている農産物は極めて限定的で,種子島産の安納いもである.サツマイモの一種である安納いもは,ねっとりとした食感と強い甘味が特徴で,焼き芋や天ぷらにすると美味しく,スナック菓子や惣菜パンにも使われており,全国的に人気である.しかし,現状の抜き取り検査による品質保証は十分な水準にはなく,競合する新品種も次々に現れていることから,生産農家や自治体は危機感を募らせている.そのような状況下で,高い品質基準を満たすスーパー安納いも(仮称)を安定生産できるようにしようという試みがスーパー安納いもプロジェクトである.筆者も学生と共に種子島を何度も訪問し,生産農家や自治体の方々と協力しながら,非破壊全数検査技術の開発などを進めている.Fig. 9 は筆者が収穫作業を経験させてもらったときの写真である.

Fig. 9 種子島で安納いもの収穫を手伝う私

システム工学思考で課題を解決する

システム工学思考は課題解決に大いに役立つ.その思考方法の基盤となるのが「抽象化」である.プロセスシステム工学から医療システム工学へ展開できるように,さらに農業システム工学に展開できるように,見た目には対象がまったく異なるとしても,そこにある解決すべき課題を抽象化して捉えれば,実は課題が共通していることに気付く.その共通課題への解決策を創出することで,様々な分野の課題を一気に解決できる.このようなアプローチがシステム工学的アプローチである.

ただし,共通点を探るだけで課題を解決できるわけではない.私の経験を踏まえて,課題を解決するために重要だと感じることを3つだけ挙げておきたい.

1つ目は,課題や目的を明確にすること,そして,目的と手段を混同しないことである.あまりに当然ことを述べていると思われるかもしれないが,目的が曖昧なままに開始してしまい玉砕したプロジェクトを目にしてきた.当初は目的が明確だったのに,いつのまにか手段が目的化して,成果を出せないままに終わるプロジェクトも目にしてきた.例えば,不良品発生を抑制できる運転条件を求めるという目的を掲げていたのに,いつのまにか精度の高い予測モデルを構築することが目的になることがある.実際には,モデルの精度が低くても,変更すべき変数とその方向さえわかれば,不良品発生を抑制できることがある.付け加えると,人工知能を使って何かやれ,とにかくDXに取り組め,というのも手段が目的化してしまっている.

2つ目は,視野を広げること,そして,対象とする課題の境界を拡張して局所最適解に陥らないようにすることである.これも当然のことであるが,狭い範囲しか見ていないために,局所最適に陥っている研究は少なくない.自分の家のことだけしか見ていなければ,ゴミはすべて隣家に捨てればいい.これなら誰でもおかしさに気付くが,課題が大きく複雑になると,境界が意識されることすらなくなりがちである.それでは最適解は求められない.

3つ目は,前提や仮定を明確にすることである.プロセスシステム工学では,モデル構築,シミュレーション,最適化(modeling,simulation,optimization: MSO)を用いて課題を解決するというMSOパラダイムと呼ばれる枠組み(framework)がある.この研究室紹介でも様々な課題解決の取り組みを紹介する中で,モデル構築に触れた.モデルは現実の完全なコピーではない.それが悪いというのではなく,そもそも完全なコピーを目指す必要すらない.モデルを構築するのは,対象のある側面を捉えたモデルを用いて何かを成し遂げたいためである.その目的を達成するのに適したモデルを構築しなければならない.そのためには,どのような前提や仮定のもとでモデルを構築しシミュレーションを行うのかを把握しなければならない.それらを受け入れるのに自覚的にならなければならない.そうでなければ,最適化したとしても,使い物にならない最適解しか得られないだろう.

<おしまい>

© 2024 Manabu KANO.

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