腹話術のおじさんの話
主催者であったり、運営メンバーであったり、出演者であったりと、多くのイベントに関わっているが、時にどうにも扱いに困った人を見かけることがある。
ある地方のお祭りの運営のお手伝いをした時の腹話術のおじさん(仮にフクさんとしようか)も、かなりのものであった。
まず、来る時間が異様に早かった。
その祭りは10時開場で、私たちスタッフは、会場の設営やら、出店者の対応やらがあるので、朝の7時には会場入りしていた。
フクさんは、その前にすでに来ていた。
それも、すでにステージ衣装のタキシードを着て、腹話術の人形を持ってスタンバイしていた。
繰り返すようだが、時間は7時。祭りは10時開場だ。
さらに言うなら、フクさんのステージがあるステージショーがあるのは午後から。
フクさんのステージは、14時からだ。
まだ時間までは7時間ある。
フクさんは、来たばかりの私たちのところにやってきてこう言った。
「リハは何時からですかね」
地方のお祭りで、キチンとしたリハーサルをするところは、そんなに無い。
場当たりをして、入りハケ確認とステージ用の音源チェックをしてもらって(たまにカセットテープを持ってきたり、市販のプレイヤーでは再生できないCDを持ってくる演者もいるのだ)それで終わりだ。
最初から最後まで進行を通してやるリハーサルというのは、ほとんどない。
それなのに、フクさんは、”リハ”と言ってきたのだ。朝の7時に。
スタッフも全員揃っていない。ステージの音響担当も全員来ていない。
ひとまず「ステージのスタッフが来てからなので9時過ぎになると思いますよ」と答えた。
フクさんは、納得いかない感じで、会場をブラブラしはじめた。
人形を持って、タキシードのままで。
しかし、会場はまだ準備中で、開いている店などない。
すぐに飽きたみたいで、また私たちのところにきて「リハはまだですかね」と聞いてきた。
繰り返し「ステージスタッフが来てからなので9時過ぎになると思いますよ」と私たちは答えた。
結局、そのやり取りは9時にステージスタッフがくるまで5回繰り返された。
その後、腹話術なので、特にBGMなども無かったのだろう。
5分ほどで、打ち合わせは終わったようだった。
簡易な控室もあったようなのだが、フクさんはなぜかステージの周りをウロウロしていた。
そして、開場のアナウンスが入り、出店目当てのお客さんがチラホラと会場入りしはじめた。
フクさんは、ただステージの周りをウロウロするばかり。
その頃には、他の出演者が場当たりを付け、ステージ下ではダンスチームなどが、軽く合わせの練習などをしていた。
その中を、少し迷惑そうな顔を気にせずに、ただフクさんはウロウロとしていた。
そして時折、ステージ担当に、「ステージは何時から?」と聞いていたようだった。
時間は14時となり、いよいよ、フクさんの出番だ。
ここまで7時間、歩き回っていたせいか、フクさんのタキシードはすでにヨレヨレとなっていた。
第一声。
「みなさん、こんにちは!腹話術のおじさんだよ!」
いきなり、声が裏返った!
いや、違う。おそらく腹話術人形の声だ。しかも、口は普通に開いて動いている。
「どーもー、チャーリーだよ!」
腹話術人形の口が動く。
しかし同じ声だ。先ほどと同じ声だ、まるで変わりは無い。
腹話術のおじさんの口も普通に開いて動いている。
つまり、おじさんと腹話術の人形が、同じ声で、口を開けて会話している。
違いと言えば、おじさんのセリフの時だけ、腹話術人形の口が動いていないだけだ。
これは難易度が高い。
結局、そんなおじさんの甲高い声が20分ほど、ステージの上で響いた。
ダンスや歌謡ショー目的で集まった客は、その時だけ客席からいなくなった。
ただ、私は確かに見たのだ。
腹話術のステージが終わった時、おじさんが小さくガッツポーズをしたのを。