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ウグイスの声が聞きたかっただけなのに

 その日、私は新緑が見たくて、地方のダム湖を訪れた。
 そう、ただそれだけのことだったのだ。 

 ダム湖に着くと犬を散歩している女性がいた。
 5月、まだ風は冷たいというのにノースリーブだった。
 犬はというと、いま思うとそれが犬かどうかすら分からないのだが。
 とにかく、白くてモジャモジャだった。

 「こんにちは」彼女は普通に私に話しかけてきた。
 戸惑いながらも「こん、にちは」と私が返すと、彼女はダムの方を指さし、「あれ、放っておくと大変だよ」と言って去っていった。

 彼女が指さした方を見ると、ダムの橋の上の方の空間。
 本当に、何も無いところから水が噴き出していた。

 振り返ると彼女はすでにいなかった。

 慌てて私は水が噴き出している方に行った。
 そこには、相変わらず何もなかった。
 トリックなどではなく、本当に何も無いところから水が出ているのだ。

 ひとまず、私はその水が噴き出している所に自分の人差し指を入れてみた。
 人差し指に水がまとわりつく感覚。
 水は止まった。

 しかし、私はどうすればよいのだろう。
 この場を離れたら、また水が噴き出すだろう。
 どうすれば、よいのだろうか。
 誰かを呼べば・・・
 そうだダムの管理事務所に!
 そう思い、ひとまず人差し指を抜こうとしたが、指が抜けない。
 何か、向こう側の水に掴まれている感覚がある。

 力を入れたが、私の人差し指はビクともしない。
 どうすればよいのだろう?
 ウグイスの声が聞こえる。
 新緑のダム湖の中で、呆然と私は立ち尽くしていた。
 私が求めた風景はコレでは無い。

(ここまでで10分)

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