精神科医が解説! 小説の凄み「ミシンと金魚」から学ぶ認知症
永井みみさんの「ミシンと金魚」は、言葉の選び方と生き生きとした言葉づかいが印象的な素晴らしい小説です。認知症の方の視点で物語が展開されるこの作品からは、認知症について「とてもとても詳しい方」が書いたのだと感じさせられます。重いテーマを扱いながらも、愛に満ちたエピソードに泣けて、何度も読み返したくなる作品です。
今回は、この小説を例に、精神科医として認知症の症状について解説したいと思います。
記憶障害
記憶障害とは、「覚えられない(記銘)」「覚えておけない(保持、貯蔵)」「思い出せない(想起)」ということが起こります。
小説の中で、主人公が息子のことを尋ねると、息子が自殺で亡くなったことを嫁から知らされます。それを何度も聞かされているのに、再度「最近、息子を見かけないけどどうしているかな?」と尋ねると、嫁は「元気にしているけれど、仕事が忙しくて来られない」と優しく答えます。嫌なことも忘れてしまうため、死の恐怖が和らぐこともあるという側面も描かれています。
見当識障害
見当識障害とは、時間・場所・人を総合的に判断し、現在の状況を理解することが難しくなることです。
小説では、主人公が新聞の日付を見なければ何日かわからず、天気や気温から季節を推測しようとする描写があります。「汗だくだから、今は夏だ」と判断する場面があります。
遂行機能の障害
遂行機能の障害とは、目標を決め、計画を立て、正しい順序で物事を進めることが難しくなることです。
小説では、トイレに行くことすら一苦労で、手すりを順に持ち替え、モモヒキやおむつを下げるのに苦労するシーンがあります。
失行
失行は、運動機能には問題がないにもかかわらず、日常の動作ができなくなることです。
小説では、遺言書を書くためにペンを持っているのに、右手が動かなくなってしまう場面があります。
興奮
興奮とは、感情のコントロールが難しくなり、本人の性格に合わない強い言動が現れることです。
小説では、主人公がのべつまくなし喋り続けるシーンがあります。
不潔行為
不潔行為は、排泄の失敗をなんとかしようとして排泄物を手で触ったり、トイレ以外で排泄したりすることを指します。
小説では、認知症の主人公が排泄物を鞠だと思って蹴り、「うんこ蹴るやつがあるか」と怒られる場面があります。
抑うつ気分
抑うつ気分は、気分が落ち込み、喜びが低下することです。
小説では、主人公が自分が厄介者扱いされていると感じ、「このまま、あしたの朝、目が覚めなければいいのに」と思う場面があります。
幻覚
幻覚は、実際には存在しないものが見えたり、聞こえたりすることです。
小説では、主人公が手を広げると「花が咲いていた」と感じる場面があります。これは、幻視の一例です。
豆知識
立ち上がるときに前傾姿勢になると立ち上がりやすくなるため、「おじぎをしてください」と言われることがあります。小説では、踏ん張る時に前傾姿勢になり、「おかあさん」と言って立ち上がる場面があります。
このように認知症の症状を知ることで、小説「ミシンと金魚」をより深く理解し、楽しむことができるでしょう。ぜひ一読してみてください。力強い女性の一生が描かれています。