人生最大のチャレンジの結果、つまりアクアラインマラソンの結果
11月10日にアクアラインマラソン走ってきました。
結果
結果はと言うと、なんとかゴールはできましたが、最後の方はフラフラで歩きながらのゴールでした。
自分の中では、颯爽と走りきって、ゴールした後もまだまだ走り足りないと言うはずだったんですけどね、、、なかなかうまくいきませんね。
振り返り
それでは一連のチャレンジを振り返っていきます。
まずね、アクアラインマラソンに申し込んだのが4月でした。
これまで走った最長距離が、高校時代の10キロです。それから約30年の間、ほとんど運動せず、の生活でした。
それが50歳にして初めてフルマラソンにチャレンジして、完走したらおもしろいんじゃないかと思いついたんですよね。
そうは言いつつ、申し込んだ時は、清水の舞台から飛び降りるような気持ちでした。
というか、人生最大の挑戦といってもいいものでした。ドキドキが止まらなかったですね。
申し込んでからすぐに練習をはじめましたが、はじめは当然ながら全然走れませんでした。1キロも走ることができなくて、さらに死にそうになってました。
これでは、42.195キロはとても無理だなという状況でした。
でも、マラソンに臨むにあたって、決めてたことがあります。それは、悔いがない努力をするということです。
人はどんなに頑張っても、あともう少しがんばれたんじゃないかと思うものです。でもね、今回のチャレンジでは、これ以上はがんばれないというところまでがんばろうと決めました。
とにかく、ほぼ毎日走ろうと、大雨の日、飲み会の日、以外は小雨でも走りましたし、今年の夏は暑くて大変でしたが、夜に汗ダクダクになりながら走ってましたね。
そうやって、走っていると、全然走れなかったのが少しずつ走れるようになってくるんですよね。そうすると、走るのが楽しくなって、長い距離を走るようになってという、いい循環になってきました。
そして、当日の1週間前には、なんと20キロ走りきりました。後から振り返るとこの経験が大きかった。
しかも、キロ6分強のペースですからね。これは大きな自信になりました。俺は走れるぜ、なんて思えたのは大きかった。
当日
そして、当日を迎えたんですが、会場はすごい人でした。
スタート地点まで行くのになかなか進まず、イライラしてしまい、いかんいかん、平常心だって言い聞かせながらスタート地点に向かってました。
そして、スタート地点もすごい人でした。身動き取れない
とにかく、人混みでなかなか進めず、スタート地点まで行くまで5分くらいかかりました。
このあとも周りがゆっくりなものの、抜かすこともできず、ペースが合わず、苦労しながら走りました。これが意外に疲れ、後半に響いた気がします。
5キロ過ぎから、集団がバラけて、だんだんと自分のペースで走れるようになってきましたが、ここまでは大変でした。
5キロと言うと、ちょうどアクアラインに入る頃からです。
そして、アクアラインではテンションが上がりまくりで、走りながらもところどころで写真撮りまくってました。
アクアラインの走ってる様子を動画に撮る余裕もありました。
と、元気で余裕があるのはここまで。このあとは疲れがやってきて、必死でした。
あっ、長女の母校の袖ケ浦高校だけは撮りました。ここまでは、ところどころで歩いてはいましたが、なんとか走ってました。
しかし、このあたりから、足が動かなくなって、歩くので必死でした。ここからはほぼ歩いてました。走るなんてとんでもない状況でした。
しかも、ぜぇぜぇはぁはぁで必死で、写真なんか撮る余裕はありません。さらに、後半に怒涛の上り坂。これはとても走れませんでしたね。
しかし、40キロにたどり着いた時はあまりに嬉しくて写真を撮りましたけどね。
そして、ゴールです。タイムを見たら、5時間30分になりそうだったので、慌てて走りました。
でも、このタイムは全然関係なかったみたいですね。(ウェーブスタートなので、自分たちはは10分くらい遅れてのスタートでした。)
感想
と、こうしてなんとかゴールを迎えることができました。
ゴールしたことを知り合いに伝えると、完走おめでとう、と言われたのですが、自分的には、完走ではないですね。3分の1は歩いたので、完遂といっところですかね。
このあとは、体がボロボロで帰るのも大変でした。なんとか電車に乗り込みましたが、あと一駅のところで気持ち悪くなってしまい、家族に迎えに来てもらうような状況でした。
いやぁ、42キロの距離の遠さを思い知りました。
でもね、チャレンジしたことは全然後悔してないですし、ベストな準備ができたと思います。
とってもいい50代になりそうです。10年間この調子で走り切ります。
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