ニートを脱しようとバイトについた。
「人生ってのはよ、コツコツと積み重ねてやってきゃいつかは終わる課題しかねぇんだ。根気強さが一番大事なわけよ。焦ったり寄り道なんてしなくてもこうやって喋って作業すりゃあっという間よ」
「それがブレンド米を分ける仕事でも、ですか?」
そう言ってぼくは隣にしゃがむ湯沢先輩の先、うず高く積まれた数十トンに及ぶブレンド米の米袋を見た。
作業を始めて二時間。このつまらなさは他に類を見ない。
袋からボウルで米を掬い、それが白米か否かを一粒一粒剪定していく作業を楽しめるなら、そいつはたいそうな変人だ。
「つっても時給はありえんくらい高いだろう」
「ええ、こんな下らない仕事、誰もやりたがらないですから」
たとえ自分が毎日口にするくらい生活に深く根付いているものが失われるかもしれない状況に陥っても人は能動的に動こうとはしない。むしろこれまで当たり前にあったのだからこれからも続くと盲目的に信じている。毎日の排泄に使う便器を誰も掃除したがらないのと似ている。放っておいても水が流れると思っているのだ。
「でも俺は好きだぜ、銀屯米」
「先輩は好きでも世間の人々はそうじゃないんですよ。特に日本の米なんてのは『炊く』とかいう世界でもマイナーな調理法に特化してるわけですから、それに慣れ切った人々が勝手が違う外国産の米の味に拒否反応を示すのはある意味必然です」
「まぁな。そのおかげで俺も毎日飯が食えてるんだ。銀屯米をな」
「ええ、まあ」
そうでなけりゃこんなバイトなんてしない。
日本に記録的な飢饉が訪れたのはここ数年のことだ。国民の主食であった米が採れなくなったため、国全体が苦境に陥ったわけだけど、幸いにもあちらこちらから援助の手が差し伸べられた。
その一つが銀屯米である。サラサラとしたその食感や味や匂いはもはや日本米とは別物だったけれども国民は好意をありがたく受け取った。そのまま銀屯米は人々の間に広まるかと思われた。
が、あにはからんや、銀屯米は日本米とはあまりにも勝手が違いすぎるために人々が不適当な調理を行った結果総じてその味に拒絶反応を示すようになったのである。
元より銀色の謎の顆粒が混じっていることから「これ食って大丈夫なやつなのか?」という認識もあり、銀屯米の不食はあっという間に広まった。
人々は日本米への回帰を望んだ。銀色の“米もどき”なんざ食ってられるか、と。しかし相変わらず日本米は不作で、値段は高騰の一途を辿った。
ここに目をつけた者たちがいた。日本米は今間違いなくホットな商売になる。莫大な益を招けるぞと。
というのも政府肝入りの銀屯米不人気対応の結果、日本産の米と銀屯米を混ぜたブレンド米が猛烈に増産されたのである。
ここ『米食い精製所』なる会社はそれらを大量に入手し、日本米か否かを剪定して新たな袋に詰め直し、プレミア価値の高い白米として売り出して儲けようというのである。
要はぼくらはその作業のために雇われたというわけだ。
「にしてもよ、最近不作を招いた黒蝗供がどこかの反政府勢力が作り出した生物兵器なんじゃないかって話があってだな……」
「湯沢先輩の好きそうなゴシップですね」
この先輩、人は良いしよく食事にも誘ってくれるが、その度に聞かされる三文ゴシップにはやや閉口した。
「いやいや、今回はちゃんと専門家が言ってたから。なんでも虫研究の権威やら碩学とやらが蝗を捕まえて解析した結果、その細胞一つ一つにどこかのロゴマークみたいなものが刻印されてたんだってよ」
「ロゴマークとか……すごく胡散臭い。仮に先輩の言うことが本当だとして、大体そういう反政府勢力ってのは何かしらの主義主張があってそういう凶行に及ぶわけですよね?けれども今現在そういう連中からの犯行声明すら出ていないわけでしょう?だからその図柄も偶然そういう形をしているだけだと思いますよ」
「どうだろうなぁ。例えば何かを変えたい、訴えたいとかじゃなくて単純に自分に利益があるからやってんのかもしれねぇぞ。米が不作になりゃ、今みたいに国内に銀屯米の輸入経路が確立されて他国に我が国の金が流れていく、なんてこともあるわけだろ?」
「そんなばかな。さっきも言いましたけど国民は銀屯米を嫌ってるでしょうに。流行りませんよ」
「いやいや、命には変えられないさ。それに慣れってのもある。最近はSNSなんかで正しい調理法が拡散され始めてるからその内不食は収まってくるやもしれん」
あと、と先輩は続ける。
「もしくは逆かもしれん」
「逆?」
「ああ、要は不作を起こした何者かはこの状況を引き起こすことによって日本米の払底を招き、国民の飢餓感を煽るわけだ。当然日本産の値段は高騰する。そんで今俺たちがやってるみたいなアホな選別作業をするわけよ。するとどうだ、純粋な日本米の詰まった袋に千金の値打ちがあるように感じられてくるだろう?」
「てことは日本米を売り出したい連中があえてロゴが刻印された生物兵器を駆使してあれこれしてるって言いたいんですか?」
バカバカしすぎる……
けど先輩は頷き、遠い目をした。
「案外ここみたいな会社がやってたりするのかもなぁ」
と、『米食い精製所』の看板を指さした。