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PAX APOCALYPSIS

 おぼろの眼下に、燃え盛る荒野が広がっていた。
 地核より噴き上がる焔蛇の火柱が雷雲を裂き、降り注ぐ火の雨が、絶えず渦巻く焦土に爆ぜる。燔人やきびと共がその上を、燃える膏を吐いて滑走していく。
 ここは、人界と化外の地〈永獄〉を隔てる断崖である。
 朧はその淵に座し、眼前に打ち込まれた神盤遊戯〈天盆〉に臨んでいた。熱風に白銀の長髭と深紅の龍袍を翻しながら、幾星霜を閲した者特有の幽邃な瞳で盤上を見据えている。
 盤面に刻まれた神聖幾何学の上を、球状の思惟結晶の駒達が独りでに行き交い、争っている。駒が歩を進める度、永獄の地理地勢が変化した。
 易経曰く“太極有り、これ両儀を生ず”。
 片や人界、片や永獄。天盆より派生したこの二相の世界は、盤上の形勢に呼応してその様相を変容させるのである。

 その時、足音が何者かの訪れを告げた。

 そして朧の背後に、一人の武張った女が立った。その腰に佩いた齽刃まがりばといい、皇軍の紋様が刻まれた甲冑といい、それら煤けた品々が、無窮の炎暴森を踏破して来た事を物語っていた。だが鋭い美貌には疲労の欠片もない。
 女は眼前の異景を一瞥し、次いで朧の背に目を転じる。
 そして冷酷な声で誰何した。
「貴様が天盆の番人か」
「如何にも」
 朧は口を開く。
「して、御用は」
「わたしに委ねろ、天盆を」
 言いも終わらぬ内だった。女は不意に腰の齽刃を抜き、刃先を朧に向けた。すると女の周囲より十輛の俑が出現し、一瞬にして朧を囲繞した。その肩に載った対万物用火車V.A.Nの鋒が彼を睨む。
 盤上の駒が動きを止め、それに応じて大火球が次々と永獄に咲いた。
「覬覦せぬことです」
 朧は従容と言う。
「古人曰く“天を畏る”。某は世の調和を保たんと、爆祖の治世より三万年、永獄と輸贏なき対局を続けておりました。而れど貴女に天盆は制せまい。去ね」
 女は蛾眉を顰め、齽刃を超高振動させる。
「“天、必すべきか”」
 朧の首が飛んだ。

つづく

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