丁王覇記
シャンヨンと出会った時、殺してやると罵られたことをよく覚えている。
いまとなっては考えにくいことだけど、当時のぼくと彼女は犬猿の仲だった。ぼくはそんなつもりはなかったけどもシャンヨンはどうにもぼくが憎くて仕方がなかったらしい。
あれはそう、十二年ほど前のことだ。ぼくと彼女は互いの両親の面会の際に引き合わされた。ちょうどぼくの父ヒヴォンが近隣諸国を制圧し、盤州の一地方に覇権を敷いた頃だった。父は天より与えられた異形の権能と魔具を駆使してあっという間に周辺諸国を制圧し、広く天下に祖国“丁”の名を知らしめた。
この日はその制圧された国の一つ「申」との和平協定の日だった。
シャンヨンはぼくを見るなり髪に刺した簪を引き抜くと鋒をぼくに向けて飛びかかってきた。なにぶん出会い頭のことだったので大きく驚いた。
けれども幼くして父に鍛えられてきたぼくにとって制圧するのは児戯に等しい。ひょいと体を逸らし、その白い細腕を掴み上げてへし折ろうとしたところで、年端も行かぬ少女に手を上げるのはいかがなものかと躊躇われた。
押さえつけようにも淑女の体に触れるのは憚られる。どうしようかと、しばし持て余したところで彼女の両親が彼女を取り押さえ、厳しい叱責を浴びせた。そしてぼくの父に娘の非礼を詫びた。父はかまわんと鷹揚に手を振り、むしろ元気でよろしいとその厳しい顔をほんの少し、緩めてみせた。
冷や汗に溺れそうな彼らとは対照に、父は腕白な彼女をいたく気に入ったらしい。ぼくの方を見てどうだ?と聞いた。
父がどうだ?と言う時は絶対だ。即座に頷かなければ瞬速で打擲され、吹っ飛ばされて壁に穴が空く。少しでも逡巡する仕草を見せれば速攻で魔具を嵌めた拳が飛んでくる。
だからぼくは問答無用で頷いた。
そうして彼女とぼくの結婚は決まった。
【続く】
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