(没)恋愛戦闘小説
「玄くんが、好きです」
──放課後、屋上。
その言葉を耳にした黑部玄は唖然と立ち尽くした。
時限終わりに話があるからと隣席の山田小春に呼び出され、なんの話だろうかと心待ちにしていた矢先、屋上の塔屋を出るなり告白された。
玄にとって、隣席の山田は神に等しい存在だった。優しく、美しく、そして超然としている。なんとなく妄りに近づき難いものを感じさせるのだ。清浄な砂が敷き詰められた床に足跡をつけるのが何か憚られるように厳かで、過度に近づくことを自らに強く戒めたくなる。そんな男を寄せ付けない高嶺の花が、玄にとっての山田の印象だった。
授業で朗読するときの美しい姿勢。板書の時の繊細に動く指先。髪を耳にかける動作。体育の授業で完璧なフォームで走行する姿。さらりと櫛通りのよさげな黒い艶のある長髪。温和な線を描く眉、丸く優しい目、薄桃色の頬に白い肌、薄い唇、笑うと眩しい白い歯、ほっそりと長い手足。その全てに慈愛と孤高の色がある。
玄にとってもはや山田は崇拝し、畏怖すべき女神だった。彼は自らを山田の従者と定義していた。
しかし、神の如き山田が、あろうことか自分のような凡俗に目をかけ、あまつさえ好意を向けてこようとは。
玄の中で山田の神秘性が急速に瓦解の音を立てて失われていき、やがて深い失望が胸郭を満たした。悪寒と冷や汗が止まらない。拳の内側がひどく滑った。
「よくもっ……」
喉奥が渇いて、言葉が口腔にへばりつく。
「え、なに?」
震える玄を案じて、山田が彼の顔を覗き込む。これまで目を合わせることすら恐れ多いと感じてきた瞳が、まともに彼の眼球を射た。思わず目を逸らす。
そして怒鳴った。
「よくもっ……この、クソビッチが!!」
言いも終わらぬうちだった。玄は落下防止用フェンスに走り出すと、そのままガシガシとフェンスをよじ登り、向かい側の縁に着地した。
──裏切られた。
【続く】
没理由:もはやオチている気がする。
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