(没)恩返しの鶴
「この前助けてもらった鶴です。恩返しに来ました!」
あ、それ言っちゃうんだ。
自宅の安アパート。ぼくは開けた玄関のドアノブを掴んだまま静止した。
呼び鈴の音に誘われてドアを開けたらそこには絶世の美女が着物姿で立っていて、その侘しげな瞳が射抜いてきた。
男なら誰もが夢見る風景だ。ある日とんでもない美人とうっかり関係を結ぶという超展開。
だが問題が一つ。
「あの…多分人違いじゃないかな」
少なくともぼくに鶴を助けた記憶はない。それとも新手の宗教勧誘か。
「いいえ確かに助けて下さいました!斜陽動物園で虐待されていたわたしを動物愛護団体〈カンダタ&ジ・アニマルズ〉を率いる犍陀多様が」
なんだそのひどい組織名は。
確かにぼくの苗字はカンダタだ。ただそんな怪しすぎる団体を運営してはいない。
そこで思い至った。
隣室を指差し、
「多分双子の弟だと思うよ。あっちに住んでる」
「そうでしたか!それは失礼しました」
鶴は丁寧に頭を下げてその場を辞すると隣室へと向かった。侘び寂びな見た目とは裏腹に随分と陽気な鶴だ。所詮畜生なんてそんなものか。
ぼくが自室に戻ると、TVが『斜陽動物園から動物達が大量脱走』というテロップ付きで動物愛護団体による事件関与の疑いが濃厚であることを報じていた。
本当に弟がそんな活動をしていたとは。しばらく距離を置こうと決めた。
十分後、ふたたび呼び鈴が鳴った。
「叩き出されました。彼は現在〈ZOO〉にマークされてるために近づくと危険だそうです」
「……そう」
「あとですね、他に行くあてがなくてですね……」
「そう」
「なので少しの間置いていただけないでしょうか???」
困惑。
「でも〈ZOO〉とやらにマークされてる奴の隣だよ?」
鳥獣保護法違反だし。
「えーとぉ、灯台下暗しってやつ?です!」
「はあ」
「です!」
けどぼくは貧乏書生の身だ。ヒモ先がいくつもある弟と違って裕福ではない。
「えーと……じゃあ家賃払える?」
つづく
没理由:つづきそうにない。ネタがあるあるすぎる。