見出し画像

「水平線上の邂逅」

 Zuooooo!!!!!
 巨大な、巨大と形容するにはあまりにも巨大な水柱が、嵐の中の海上に打ち立てられる。
 DoWoooo!!!!!
 暴風の音は幾千もの楽器に風を吹きこんだ音色。水上の竜巻がうねり、くねり、幾重にも重なり合って混ざり合って打ち立てられ、かつて開闢した天壤を再び繋ぐ。
 Ghooooo!!!!!
 轟音と爆炎。放たれるタングステンの砲弾。放ったのは多数の海上砲撃艦隊。空母の如く巨大な船体に、これまた巨大な人の上半身を乗せたような形状。その双肩にそれぞれ二門の砲台を担ぎ、砲身が赤熱するのも構わず砲弾を吐き出していく。緑の視覚素子から放たれる自動照準矯正機構の光線が暴風を貫き、砲撃対象を睨む。その内にそれぞれ一人ずつの搭乗者を抱え、最後の攻勢に打って出る。
 着弾した先には────龍。
 龍である。龍が居た。龍は中空にてとぐろを巻き、砲弾を放った艦船を睥睨していた。機体色は深青。全身を鋭角な装甲が覆ってい、頭部は衝角バルバスバウが鎚のように突き出している。蛇の如く長い体躯から無数の水柱を吐き出し、その五十万tを超える巨体を浮かしている。
 その暴龍こそ、全長二百万mの水柱で彼らの故郷を海底に沈めた超常兵器──機龍。
 名を蒼界の渦動リヴァイアサンと言った。
 リヴァイアサンの体躯に跳ねる弾頭は、その本体に傷一つ負わせることすら叶わない。ただいくばかの塩と氷の破片が削られ、そこにできた傷ですら即座に修復する。そう、リヴァイアサンの装甲成分は、かの暴龍の足元にある大海そのもの。その資源は尽きることを知らず、生み出された塩と氷の装甲は、如何なる攻撃をも無力化せしめた。
 そうやってリヴァイアサンは人類に牙を剥き、彼らを絶滅の淵に追いやった。遥か彼方の宇宙から回帰した恒久宇宙移民者達アストロ討伐のために建造され、地球守護の大義名分に答えるために有り余る力を与えられたリヴァイアサンに対抗する術を人類は知らず、今や滅ぼされるためにあった。
 ある日突如として反旗を翻した暴龍の前には死の一文字しか存在し得ない。だが、それでも戦わねばならない。その背に幾千万の命を背負っては、それを投げ捨てることは外道に落ちることを意味する。
 だから彼らは咆哮する。せめて死ぬまで足掻くために。
 船は今、嵐の真ん中で。
 リヴァイアサンの胴体の一部装甲が開口し、今までで最大の水量が吸い込まれていく。ヴァイアサンの口腔から何かが徐々に形作られていく。
 それは、真っ白な塩の柱だった。「塩電砲ソルトレールガン」。これこそがこの暴龍最大の武器であった。月面にまで達する長距離射撃を目的として建造されたこの機構は、あらゆるものを貫く。
 紫電を放ちながら砲身が発光する。周囲に雷鳴の如き重低音が垂れ込める。
 ……来る!
 一同が固唾を呑んで暴龍の狙いを見極めようとする。
 雷鳴。
 海水が瞬時に沸騰し、朦々と水煙が沸き立つ。立ち昇る。だがこれは紫電の余波に過ぎない。本命はとうの昔に放たれていた。
 海面に穿たれた大穴が見えるだろうか。透明な月が海に墜落すれば、そのような光景になるであろう。それくらい大きな窪み。そしてそこに浮かぶ無数の鉄片、残骸。
 リヴァイアサンの放った砲弾の、そのあまりの凄まじい威力に、周囲の海面が一瞬にして蒸発してしまったのである。砲撃していた艦船も同様に、爆水の泡に飲み込まれる憂き目に遭った。空洞化した海面に水が押し寄せ、津波の様相を呈する。
 残ったのは、僅か二機。四号。十六号。
 その片割れ、四号の中で、少年はようやく我に帰った。爆轟の中で夢うつつに引き金を引き続けた。どうせ死ぬのだと半ば投げやりに、我武者羅に。だが終わってみれば、自分とあともう一人が生き残った。引き金を引いている間は恐怖を忘れることができた。そして生き残った今、生きていることが堪らなく恐ろしい。世界に取り残されたような淋しさ。
「なぁ、お前も生き残っちまったのか?」
 思わず片割れに通信を試みた。確か十六号は地味な女の子だったはずだ。
『そう……みたい』
 返答に安堵の息を漏らす。
「……なぁ、なんでこんなことになっちまったんだろうな」
 少年は続ける。喋っていないと気がおかしくなってしまいそうだった。
「戦って死ぬなんてのはわかり切ってたんだ。それは兵士になってこの船に乗る時からわかってた。だけど……なんでおれとお前だけが生き残っちまったのかまるでわからないんだ」
 さっさと死にたかった、少年はそう言った。それが偽らざる本心だった。
 だが少年は、少女が彼の話を聞いていないことに気がついた。
「おい……」
 そして少年は知った。リヴァイアサンが眼前に迫っていることを。
「え……」
 そして、リヴァイアサンの前に立ちはだかる、謎の存在を。
 その機体は背中に大輪を戴いていた。頭部は白い円盤に黄金の角が一つあり、全身も同様の色彩である。人に近い丸みを帯びた手足の関節などから、機械人形を思わせた。謎の浮遊物体が注連縄の如く機体周辺を漂っており、いずれも発光していた。それはまるで翅のようだった。翅は四つあり、同様に機体周辺を取り巻く幾何学の投影模様に沿って展開されていた。胴体には外套の如く広がる裾のようなものが見受けられる。その手には光の槍が握られている。
 光の機体は槍を両手で把握すると、脇に添えた。そして中空でその身を屈める。全身に黄金の闘気が漲り、溢れ出る。
 なんだこれは。
 Dghwooooooooo!!!!!!!!!!
 突撃。空間が大きくしなり、光の機体はリヴァイアサンの頭部に向けてその身を放った。激突の衝撃は言語に絶した。海上にいるのに地鳴りがした・・・・・・・・・・・・・
 リヴァイアサンは咆哮を上げた。
 なんてことだ、おれは今何を見せられている。開いた口が塞がらなかった。
 苦しんでいた。リヴァイアサンは確かに苦悶の叫びを上げている。自分たちが傷一つつけることができなかった暴龍に、かの機体は一瞬で苦痛の段階まで底上げして見せたのである。
『すごい……』
 再び少女の声。
 ああ。と見えもしないのに頷いた。自分は今、確かに世界が変わる瞬間を目にしていた。
 その機体が何処から来たのか、何故リヴァイアサンと戦うのか、自分たちを救ってくれたのか。全部どうでもよかった。
 ただ生きていられた。それだけが確か。それだけで十分だった。

 そうやって、全てが始まった。

─────────────────────

蒼界の渦動リヴァイアサン

分類:機龍
全長:250m
装甲材質:塩・氷・海水に含まれる金属成分
動力源:DHMO炉(dihydrogen monoxide=ジヒドロゲンモノオキシド)→水流機関
武装:「塩電砲《ソルトレールガン》」・「衝角《バルバスバウ》」・「滄刃《ウォーターカッター》」・「水遁ノ衣」
搭乗者:unknown
その他:メインカラーリング:深青色

─────────────────────

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?