Overdoom
元赤子の眼球が、フロントガラス越しに無言で僕を見つめてくる。
逃走の過程で母親ごと跳ね殺した赤子がフロントガラスに飛散し、拭ったワイパーに視神経が引っかかってぶらぶら揺られているのだった。
「こっちは走る原爆だぞアホ!撃つなバカ!」
テカシ製〈ロケット6ix9ine〉は僕らと酷使で爆発寸前の原子力電池を載せ、罪都のハイウェイ61を時速200キロで爆走していた。
車のハンドルを握る親友のロイはクスリで冴え渡った運転技術を余すことなく発揮し、爆笑しながらこのバカげた逃避行をなんとか成立させている。
中空に火線が走る。弾幕が前方空間を車輌の輪郭に象った。
追手──龍頭幇、エンデュミオンといった罪都屈指のギャング達が駆る、核動力ランドクローラー群の銃口が火を吹いているのだ。だけど超高級車の更に上に区分される69のドームガラスと劣化ウラン製ボディは結構頑丈で、ギリギリ耐えていた。
僕は助手席で耳を塞ぎ、全てをやり過ごそうとする。頭蓋の中でマーサ&ザ・ヴァンデラスの「Nowhere to Run」が耳障りに軋んだ。
クスリの禁断症状だ。
耐えきれず襟元を探る。電子ドラッグの入った容器を引っ張り出し中身を胸一杯吸い込む。端末で感度を最大に設定。
絶頂。
時間が遅延。歌声が遠ざかる。
と、追手の放った榴弾が路面に着弾、爆風が2トン以上ある69の車体を軽々持ち上げた。
重力を失した車内。ロイがこちらにウインクを飛ばしながら緊急脱出自爆ボタンを叩くのを見た。同時にその胸板を銃弾が貫くのも。
天井から車外へ叩き出され、69が遠ざかっていく。
直後に閃光が視界を白色に染める。
──まったく、悲劇な人生だ。
孤児に生まれ、ギャングに誘拐されてスナッフのネタにされたり、クスリの試し打ちに使われてきた。
けど、ここまで酷いともはや喜劇だ。
†
話は12時間前──不発弾でサッカーをしていた時まで遡る。
【続く】
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