【ショートショート】ヒーロー爆誕

 その日も僕は柴犬のコテツを連れて散歩にでかけた。

 いつものルートを通り、いつもの公園に立ち寄ったとき、不意にコテツが唸り声を上げはじめた。低い体勢で僕をかばうように前に進み出ると、今度は激しく吠え立てる。

 飼い犬のただならぬ様子に、なにか危険が迫っているのかと思わず身構えた。ところが異変が起こりそうな気配は無い。コテツは何も無い虚空に向けて吠え立てるばかりだ。

 いったいどうしたんだとなだめようとしたところで、突然体が動かなくなった。気がつけばコテツも動かなくなっていた。あたりの音もまったく聞こえない。まるで時が止まったかのようだ。

 やがて視線の先に猛烈な光を放つ大きな球体が現れた。その中心に何かいるのは確かなのだが、眩しすぎてその正体はまったくわからない。そのうちに目も開けていられなくなった。

 たまらず目を瞑ると、どこからともなく穏やかな声だけが聞こえてくる。

「地球に危険が迫っています。巨大な宇宙生物が、この星にやって来ます。今の地球にはそれに抗う力はありません。

 そこで、あなたに力を授けましょう。賢く、勇敢で、忠誠心の強いあなたら、必ずや地球を救うために戦うヒーローと成り得るでしょう」

 え?これってもしかして、映画やマンガでよく見るパターンのやつか?僕が選ばれしヒーロー?となると、この光の正体は、神様か?それとも心正しき異星人だろうか。

「敵がやってきたら、心の中で念じるのです。『変身』と。そうすれば、あなたの体は宇宙生物に対抗しうる能力を発揮することができるようになるでしょう。ただし、それは地球時間で言うところの5分間だけ。その時間を過ぎれば元の姿に戻ってしまうので、気をつけるように……」

 声は徐々に小さくなり、代わりにコテツが息を吐く音が聞こえてきた。目を開くと光は消えていた。体も自由に動く。あたりをぐるりと見回してみる。通り過ぎる人たちは普段と変らぬ様子だ。

 白昼夢でも見たのだろうか。いや、でもあの声は確かにこの耳に聞こえてきた。となると僕は本当に地球を救うヒーローになったということなのか?

 ちょっとだけわくわくするけど、それ以上にことの重大さに気づき吐き気を催した。そんな僕の気も知らず、コテツが道端でウンチをし始めた。



 あれからというもの毎日気が気ではなかった。いつ来るのかとびくびくしながら過ごす日々は、まるで死刑執行を待つ囚人のような気分だ。僕の場合はただ死を待つわけではないが、それでも宇宙生物との闘いに負ければ死ぬ可能性だってあるのだから同じようなものだ。

 ところが、ひと月が過ぎても何も起こらなかった。なんだかあれは本当に白昼夢だったのではと思い始めたある日、それは起こった。

 その日もコテツの散歩の途中だった。誰かが空を見上げてスマホを構えていた。雲でも撮ってSNSにあげるのだろうと別段気にも留めなかったのだが、そのうちに同じような人が大勢現われた。それになんだかざわついている。

 さすがの僕もみんなの視線を追った。一瞬隕石かと思ったが違った。

 巨大な岩のようなものが空に浮かんでいた。どうやらそれは、巨大な生き物がダンゴムシのように丸まった状態だとわかった。

 体を伸ばしたそれは、爬虫類とも昆虫とも思える異形の生物だった。それがゆっくりと下降し、町の中心部に降り立った。その体はビルやマンションよりもはるかに大きかった。

 あれが宇宙生物か……。

 思わず逃げ出したくなる気持ちをぐっと堪え、心の中で念じる。

『変身』

 その直後、ただならぬ気配を感じて振り返り、思わず呟いた。

「お前が変身するんかい……」

 そこには二本足で立ち上がり、巨大化しつつあるコテツの姿があった。

 そう言えば、賢く勇敢で、忠誠心が強いってのは柴犬の特徴じゃないか。あの声は、コテツに語りかけていたのか……。

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