〇〇しい。
清掃業や家事代行をしていたのでさまざまな家に入ったことがある。
退居後の清掃は一件だけで、
そのほかは、富裕層かおそうじが苦手なひとの住んでいる家。
ふつうの家庭から注文が入るのは年末のみ。
みんな清掃業はイヤだと言う。
どんなに仕事が無くても。
私は清掃が好きなわけではないが、こどもの頃から水回りのそうじや母が散らかしている裁縫道具を整頓したり、ドイツのブロックをテトリスのように上手く嵌め込んで片付けるのは好きだった。
いまはまったく興味がないし、清掃に凝っていた時期に手荒れが酷くなったため必要最低限の清掃しかしない。だからそんなに家はきれいじゃない。
いちおう元プロなので、日々のそうじでどこを触っていたら「すごい汚れ」が溜まらないかを知っているので、年中ちょこっとそうじを心がけている。
そうすれば大掃除が軽くなるから。
で、私の何とも言えない体験談。
おそうじが苦手なひとの家で、物がギチギチに置いてあった。
床が見えない感じだったが、物をむやみに移動してはならず、在宅の場合は話しかけてはならない。
カーテンや窓にも近づけないくらい何かが積んであった。
そのままの状態で、物は持ち上げて清掃するのだった。
ある日、そのひとがとあるゲームをしていて、私は興味があったのでルールについて訊ねると、楽しそうに話してくれた。
飾ってあるフィギュアについても○○が好き?と訊ねると、返事があった。機嫌は悪くなさそうだった。
そのひとが不在の日に清掃に入って
私は「あるもの」を見つけた。
「あるもの」はオフレコでしか言えない。
すごくたくさんあって、これがあってはダメだと思った私は、時間をかけてそれらを片付けた。
それは越権行為だったのかもしれない。
違法なものとかではまったくなく、、、
あると部屋がきれいにならないと思ったのだ。
そのひとが帰宅したので「アレを片付けましたよ」と伝えた。
そのひとに話しかけてはいけないし、
物を移動させてはいけないのに。
ましてや処分するなど。
私はそのひとは怒らないだろうと思った。
スタッフのみんなはそのひとを怖れていた。
私は怖いと思ったことはなかった。
「片付けなくていいよ」と言われた。
それはそうなので、以来私は「あるもの」を触らなかった。
呪物とかグロいとか、臭いとか、キモいとか、いろんな形容があるけれども私はそれに接したときに、なんと言う気持ちだったのか未だにわからない。
禍々しいとかともなんか違う。
切ないとか愛しいとか哀しいとか不快とかいっぱい混入している。
日本語は表現が豊かだと思うけれど、あのときの気持ちにはまだ名前が付いていない。
まだあの部屋に置いてあるんだろうか。
最後に会った日、私はそのひとに
『ならばおさらば』
という曲をおすすめした。
私もそのひともおなじ歌い手が好きだったのだ。
聴いてみる、と言ってくれたと思う。
覗いてくれたあなた、ありがとう。
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また、私の12ハウスに遊びにきてくださいね。