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THEE MICHELLE GUN ELEPHANT「世界の終わり」

当時の僕は中学3年生。

課外授業のクラシックギタークラブでグレイとかスピッツとかみんなが知っている様なソロ部分だけ練習して、喜んでいました。

ある日の深夜。
暇を持て余していた僕が、ぼーっと深夜番組を見ているとそこに流れたてきたのが、全身真っ黒のスーツにサングラスをしたキレキレのバンドのロックンロールでした。
田舎の中学生に、その衝撃といったら凄まじいもので、垂らしていた鼻水が一瞬で乾きました。

翌日学校へ行くと違う目的で夜更かしをしていた友人が「これ、聴けって!!」と1枚のCDを持ってきたのを覚えています。そのCDはまさしく前の晩にMV見たバンド、ミッシェル・ガン・エレファントのCDでした。



今回紹介する曲は、1996年に発売された、ミッシェル・ガン・エレファントのデビュー作「世界の終わり」です。

今では「世界の終わり」で検索すると「今時、まだギター使ってんの?」なんていう言動で世間を騒がせたことも記憶に新しい「SEKAI NO OWARI」いわゆるセカオワが最初に上がってきます。
一見文脈を読まずにそこだけ切り取って聞くと、ギターバンドへの猛烈な批判にも聞こえますが、彼らの言いたいことはそうではなく、バンドだからといって楽器に限らずなんでも使っていいじゃないかという主張でした。

そしてそれは楽器に限らず露出の仕方についても。

どんな格好でもいいし、自分たちの表現している事をTVやSNSなど、使えるもの全てを使って伝わればいいじゃないかというスタイルです。
まさに今の時代を象徴するバンドと言えるでしょう。

でも、その真逆、売れるためにメディアを利用しないかったのがミッシェルでした。

https://columbia.jp/artist-info/michelle/



日本のロック史を語る上で決して外すことができない日本を代表するロックバンド、ミッシェル・ガン・エレファント。

彼らがデビューした当時、JPOPが全盛で、GLAY、Mr. children、スピッツなどがスマッシュヒットを飛ばしていた時代。
そんな日本の音楽業界にあってひときわ異彩を放っていたのが、ミッシェル・ガン・エレファント、ブランキー・ジェットシティー,ハイ・スタンダードの3バンドでした。

この3つのバンドが同時期に活躍していたため、日本の音楽チャートがイギリスみたいになるかもと期待されたほど。

https://middle-edge.jp/articles/vQ0B4


チバユウスケ:ボーカル(2023年11月食道がんにより死去)

アベフトシ:ギター(2009年7月急性硬膜外血腫により急死)

ウエノコウジ:ベース

クハラカズユキ:ドラム


この集まるべくして集まったロックンローラー。


https://www.kuboi.co.jp/archives/8287/



そんな彼らの音楽はもちろん、ルックスも注目されます。
チバ言わく、「ロックンロールはスーツか革ジャン」

その格好こそ世に言うモッズスタイルで、細身の三つボタンスーツは東京世田谷にある老舗「洋服の並木」でオーダーメイドされたものです。*「モッズ(MODS)」とは、モダーンズ(MODERNS)の略であり、50年代後半から60年代にイギリスで流行したムーブメント。Singalongでも紹介されている「The Who」や「Paul Weller」が代表的な存在。

洋服の並木の店舗情報はこちら


「洋服の並木」のモッズスーツはミッシェルをはじめ、東京スカパラダイスオーケストラや氣志團など様々なアーティストが愛用しています。
丁寧な仕立てはもちろんですが、ジャケットの裏地に「日本ロンドン化計画」とか刺繍したり、思うところは音楽と同じなのでしょう。

https://images.app.goo.gl/PBKTKZmpW1nJ7q4w8



2003年10月11日。
1996年に発売されたデビュー曲「世界の終わり」は、ミッシェルのラストツアー「LAST HEAVEN TOUR」のラストナンバーとして演奏されました。

ミッシェルは、その時感じた事を、やりたいようにやる事がモットー。

特に特別な感情を持ってやるのではなく、聴いている人たちがこの曲に対してどう感じたかが一番大切。
バンド最後の曲がこの曲になったのも自然になったと言います。


史上初の、「幕張メッセ37000人オールスタンディング」という異様な空気で包まれた会場は、「世界の終わり」のイントロが鳴るやいなや、会場後方は盛り上がりを見せます。
が、前列の熱烈なファンは最後のミッシェルを目に焼き付けようとモッシュやダイブがもったいなくてもはや棒立ち。
オリジナルよりもテンポアップしているのは、メンバーの感情がそのまま音になっており、チバの声が最後にかすれていくところや、アベの弦の切れたギターをもの哀しげな表情で弾いている姿も、ウエノの男気あふれるベースに、ライブ終盤でも揺るがないクハラの8ビート。

カッコよくて切ないけど、ただただカッコいい。

1998年に行われた第2回目のフジロックではこんな逸話も。

当時、彼らのライブは盛り上がりすぎてモッシュやダイブで人がバタバタと倒れたりトラブル続きでした。この時も盛り上がりすぎてオーディエンスが危険な状態になりライブが何度も中断。
そんなトラブルと向き合ってきたから、フジロックは翌年からは様々な所が改善され快適に楽しめるフェスになり、また今日のモッシュピット内における観客同士の助け合い精神が生まれたのだと思います。

ミッシェルは、ロックの在り方、ライブの在り方の道を示してくれたアーティストだったのです。



活動期間わずか6年で日本のロックシーンを走り抜けたバンド、ミッシェル・ガン・エレファント。

90年代の青春時代。
僕らの世代はよく松坂世代と言われますが、僕に言わせれば違います。ミッシェル世代なんです。

なかなかなヘビーサウンドだけど、この音はいつも僕の心を整えてくれる音なのです。


written by 中原章義

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