『ルポ 保健室 子どもの貧困・虐待・性のリアル』/秋山千佳

主題…誰もが一度は行ったことがある「保健室」生徒達が「困った時に来る場所」としての「保健室」は、現代の子どもたちが抱える「生きづらさ」が目に見える形で現れる空間だった。大人なってしまったら入ることができない「保健室」の姿に迫る。

1章では3つの中学校における「保健室」の姿をエスノグラフィー形式で描いている。そこでは「保健室」が生徒たちの貧困・自尊心の低下・発達障害などが垣間見られる空間であるということが明らかにされている。
「保健室」にマスクを頻繁にもらいに来る「マスク依存」の生徒について説明がなされている。秋山氏が見かけた「マスク依存」の生徒たちは、自らの顔を隠そうとすることは「自己肯定感への不信」の表れなのであり、そのマスクを保健室まで貰いに来るということは、マスクが余分に家にないという貧困の表れでもあることから、「保健室」で見られる「マスク依存」という現象は今日の生徒の生きづらさの一端を示す問題なのだという。

2章では劣悪な生育環境の中で過酷な「虐待」を受けてきた少女と「保健室」との関わりの実例が取り上げられている。
ある少女は劣悪な家庭環境のもとで、親族から「虐待」を受け続けていた。その生徒は「保健室」に頻繁に通っていたが、最初は自分のことを語りたがらず、無表情のままでいたという。しかし「保健室」で「養護教諭」と空間を共にする時間を繰り返していくことで、少女は自らの感情をあらわにするようになったという。その結果、少女は虐待の影響でふさぎ込んでいた性格を徐々に克服することができ、周囲との関係性も取り結ぶことができるようになったという。
しかし少女が中学校を卒業し、「保健室」に通うことができなくなると、その少女は再び社会から孤立することになってしまったという。「社会から見えていない存在」であることを認識したというその少女の経験から、秋山氏は家庭環境の問題から「保健室」以外の居場所を見つけることが困難な生徒にとって、高校進学や中退は「精神的支柱」の喪失に至るほどの事態であると問題視している。

3章では精神的な弱さを抱えた少女と「保健室」の実例が取り上げられている。
ある「保健室」は突発的に発作を起こしてしまう少女に「保健室登校」を認めた。その少女は男性の怒鳴り声を聞くと強迫的な症状を起こしてしまうことから、「保健室登校」が好ましいとされたのである。その少女は最初は「保健室」に居続けることに慣れていない様子だったが、長い時間をかけて他の教員などとの「チームとしての支援」を実現することで、その少女は修学旅行に参加することができる程度にまで健康面や対人関係面が好転したという。

4章は「まちかど保健室」におけるLGBTに悩む生徒の実例が紹介されている。
まちかど保健室」または「川中島保健室」とは養護教諭を勤めていた白澤章子氏が一般向けに開いた保健室である。そこは児童生徒のみならず、就学過程を終えた大人であっても通うことができる一般人にも開かれた保健室である。そんな「まちかど保健室」は白澤氏自身の経験から、性教育に積極的に取り組んでおり、その中で出会ったLGBTの生徒の話が紹介されている。
LGBTの生徒は学校生活の中で、生徒や教員から理解を得ることができず、あらゆる場面で苦しさを覚えたという。自我が芽生える中学という時期であるのに重ね、LGBTという問題に無関心であった教員たちの態度がその生徒を一方的に苦しめていたのだという。
無関心・無理解という事実が現前としてまかり通っていることから、「川中島の保健室」は出張授業で性教育の実践を行なっているという。そこでは「性はグラーデションである」ということに重点を置いた授業を展開していると白澤氏は述べている。すなわち、100%男性であるといったことや100%女性であるということはなく、男性であるか女性であるかは完全に2分できるものではないということから、LGBTはそうしたグラデーションの中にあるものに過ぎないということを伝えることが重要なのだという。

5章では、時代の流れに伴い「保健室」のあり方も変化するという点ついて論が展開されている。
学校の中の教室空間は、いわば能力が承認される空間であると言える。すなわち教室空間では、教師が定めた基準を達成することに向けて努力し、その能力が評価される。こうした「父性的空間」に対して、「保健室」は「母性的空間」なのだと秋山氏は指摘する。すなわち能力が承認される教室に対し、「保健室」は能力を問わず、生徒全ての「ありのままの生」が承認される空間となっている。そして秋山氏は「保健室」にこうした「母性的空間」としての機能が備わるようになった背景として、社会全体の「つながりの低下」を挙げる。かつては「ありのままの生」を承認してくれる居場所として、密なつながりをもつ地域社会が存在した。しかし近年、そうした地域社会の「つながりの低下」が進むことで、新たに「保健室」がそれに代わって「母性的空間」としての機能を備えるようになったのだという。

一行抜粋…現代の子どもの抱える苦しさを解きほぐしていくためには、まず子どもの置かれた状況を知る必要がある。そのためにはどうしたらいいか。絶好の場所が、誰にとっても身近なところにある。保健室だ。問題を抱えた子ども達が、保健室へと日々、自然に集まってくるからだ。

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