『田舎のパン屋が見つけた「腐る経済」』/渡邉格
主題…利潤の最大化を志向する資本主義は労働者を搾取構造へと追い込むことになる。マルクスのこの警句をもとに、資本主義の矛盾を打開する新しい経済のかたちが田舎のパン屋によって発見された。それが「腐る経済」である。
第1部では渡邉氏が田舎でパン屋を開店しようとしたきっかけや、その道のりについて紹介されている。そして第1部後半部では、渡邉氏がマルクスを読んだことより得た気づきについて取り上げられている。
渡邉氏はマルクスの労働者の「交換価値」の低下とパンの酵母の働きを関連づけて話を展開する。マルクスは労働力しか持たない労働者は、資本家と労働力と給与の交換の契約を結ぶものとする。そして資本家の下に置かれた労働者は、利潤の搾取や対価の削減という構造に苦しめられることになる。渡邉氏はこうした「資本主義の構造的矛盾」はパンについても同様のことが言えると指摘する。パンを作る上で効率性が高い「イースト」はパンを「腐らせず」に、パンを商品として市場に並べせることができる。他方で「天然酵母」は扱いが困難であり、時としてパンを「腐らせる」という。しかし利便性が高く効率的である「イースト」は、大量生産・大量消費・利潤の拡大などの資本主義の論理と適合的であるがゆえに、パン屋の労働者を「資本主義の構造的矛盾」の犠牲者にしてしまうという。
また渡邉氏は自然の本質を「腐る」こととした上で、自然に反する「腐らない」ものの象徴として「お金」を挙げる。「腐らない」ものとしての「お金」は利潤を無尽蔵に増大させていく反面、資本主義の限界による弊害や自然の破壊へとつながる。こうした事実から渡邉氏は「腐る経済」の価値を主張する。価値や利潤、効率性を追求し、労働者を搾取する「腐らない経済」ではなく、「自然に還る」ことが想定された持続可能な「腐る経済」こそがこれからの時代に望まれるものなのだという。
そして第2部では渡邉氏が発見した「腐る経済」を実現するパン屋について話しが広げられている。
前半部では、渡邉氏がパン屋を開店した後に苦戦を強いることになった「天然菌」を用いたパンの道のりについて取り上げられている。そしてこの「天然菌」のアイディアこそが「腐る経済」の一つの要素なのであるという。渡邉氏は「天然菌」を用いたパンを作る過程で、あらゆる工程を全て「自然栽培」に切り替えていくことで、パンが膨らみやすくなることを発見する。すなわち「天然菌」を始め、素材を入れる容器や使用する水などを可能な限り自然に近いものにすることで、いいパンを作ることができるということに気づいたのである。このことから循環的な「腐る経済」を実現するためには、自然的な「天然菌」の力を借りてることが必要なのだという。
「腐る経済」を実現する方法として、「利潤を出さない」ことが挙げられている。渡邉氏はマルクスが言うような労働者の搾取構造をつくりださないためにも、高価であったとしても適正価格でパンを販売することが重要であるとしている。そのためにも、渡邉氏は周囲の農家や関係者、住民の人々との「循環」関係を大事にしているという。パンの販売を通し、周囲の人々に対して価値を還元し続けることで、「お金」中心の「腐らない経済」では実現できないような経済の流れが成立するのだという。
一行抜粋…場が整い、「菌」が育てば、食べ物は「発酵」へと向かう。それと同じで、「小商い」や「職人」が育てば、経済も「発酵」へと向かう。人も菌も作物も、生命が豊かに育まれ、潜在能力が十二分に発揮される経済のかたちー田舎のパン屋で見つけた「腐る経済」