『戸籍のない日本人』/秋山千佳
主題…日本には「戸籍」を有さない「無戸籍者」が一定数存在する。彼ら彼女らは日本社会において、普通なら当然に認められることが無戸籍という事実から認められない。このような事態が許されていいものなのか。事実としての問題を知ることから考える。
1章は母親のDV被害の経験から、無戸籍状態で過ごしてきたある女性の人生から、「無戸籍であること」とはいかなることか経験をもとに明らかにされる。
民法772条は離婚後300日以内に生まれた子は前夫の子と推定するものとしている。この「嫡出認定」規定は、DV被害で夫の元から離れ、別の男性との間に子どもができた場合に、その子の「戸籍」の届出を困難なものとさせてきた。というのも、別の男性との間に子どもが生まれ、「戸籍」が作成されると、「嫡出認定規定」の解釈によりその子は前夫の子と認定され、「戸籍」上の名前が前夫のものとなる。そのため、前夫は戸籍を調べることで、DVから逃げてきた妻の居所や状態を知ることができることとなる。DV被害から逃げてきた妻はこれを避けるために、意図的に子の「戸籍」を作成しないということが起こるのである。そしてこれが「無戸籍者」を構造的に生み出してしまうのである。
1章で紹介されている女性もこうした経緯があり、「無戸籍者」として生きてきたという。彼女はパスポートを作成できないために修学旅行に行くことができなかったりと、生活のあらゆる側面で本来ならできるはずのことができない状態にいることを強いられてきた。
この「無戸籍問題」は一時期は社会的関心の的となってきたが、772条の改正や特例措置の認定などの根本的な解決へ向けた制度改正は進んでいない。その要因には戸籍制度に対する「関心の薄さ」や無戸籍に対して「声をあげる人の少なさ」が挙げられている。日本で出生し、届出が出されていれば基本的には「戸籍」はあるものとみなされる。「戸籍」がない状態にあることが強いられているということが、希少であるがゆえに本格的な解決が進みづらいのだという。
2章は無戸籍の状態が代を引き継いで存続する「無戸籍2世」の事例の紹介がなされている。
ここでは主に「無戸籍問題」の解決の困難さが中心に取り上げられている。戸籍実務が複雑怪奇である上、部分的に戸籍や住民票の作成が認められる場合があるが、それらの場合はケースバイケースであるために一律の処置が困難なのであるという。そうした複雑さから無戸籍の状態が代を引き継いで温存される「無戸籍の連鎖」が起こることが指摘されている。これを解消する一つの方法は、前夫の死を待つことだが、逆にその方法によってしか解決が望めないという点に制度的な欠陥があると言える。
3章は無戸籍として育ち、かつ「不就学」の環境に置かれてきた女性の生い立ちについて紹介されている。その女性は父親や周りの人々も無戸籍の状態を経験しており、過酷な生い立ちを過ごしてきたいた。しかしそうした経験の共有が、彼女の生活の支えとなり、不就学ではあったが少しずつ成長が見られるようになってきているという。
4章は「無戸籍問題」の背景にある民法の規定の本質に迫り、抜本的な解決策を検討する。
上述したように「無戸籍問題」の根本には民法772条の嫡出推定規定がある。離婚後300日以内に生まれた子は前夫の子と推定されることから、戸籍の届出が躊躇われてしまうのである。そもそも日本の戸籍法は、制定当初の環境を考えると、現代の社会とは適合的ではないということを、家族法を専門とする棚村氏からの取材でまとめている。戸籍法は、戦前日本の民法が「家制度」を定めていた時代に制定された。そのために戸籍法も「家制度」を掲げる民法に合わせる形で制定された。戸籍法上の「戸籍筆頭者」や世帯単位での作成は明治民法の残滓であるとされている。問題はこれが現行制上にも残っているという点にある。明治民法は戦後すぐに改正されたが、戸籍法は戦後改正されず「家制度」的な性格が温存されることとなった。こうした制度における内実がある反面、「家族のあり方」は時代を経て変化してきている。この「家族のあり方の流動性」と「戸籍法が想定する家族の固定性」の矛盾が、現行戸籍制度の本質的な問題であるという。
また「無戸籍問題」が解消されない理由として、「世論の弱さ」が挙げられている。一部の運動関係者や弁護士は積極的に問題に取り組んでいるにも関わらず、議会を動かすことができずに本格的な解決がなされていない。これは「無戸籍問題」は人々が関心を寄せない限り、「他人事」として片付けられやすい性格があることを原因として指摘している。まずはこの問題を他人事としてではなく、認識することが世論形成につながるのだという。
5章は実際の政治の現場において、「無戸籍問題」が解決に向かわない理由が取り上げられている。上述したように、この問題を重大な問題と認識して働きかけている弁護士や議員は何人かいる。しかしそれに対して、反対派となるグループや権力的な思惑が働くことで、なかなか成果を出すことができない現状にあるのだという。
一行抜粋…何より、本人になんら非がないのに、国に認められない存在として生きざるを得ないことだけでも、想像するだけで息苦しくはないだろうか。