橋本健二『アンダークラス 新たな下層階級の出現』(講談社、2018年)
主題…現代の社会における非正規労働者の比率は4割近くに及ぶ。彼らのうち、パート主婦・専門職以外の人々の暮らし向きは悪く、過酷な環境に置かれている。彼らは「アンダークラス」とも呼べる新たな階級の一つとなっているという。「アンダークラス」と呼びうる階級の実態を示し、それを乗り越える可能性について考える。
1章では、橋本氏が「アンダークラス」と呼ぶ階級の内容とその形成背景の説明がなされている。
橋本氏はまず、現代において貧困の存在が実感できないとする世論の原因を説明している。橋本氏によれば、その原因は、貧困の地域的な偏在と、学歴による分断であり、この地域差と学歴の分断により、貧困の存在が見えづらくなっているのだという。
近代以降の社会では、資本家と労働者という階級が確立し、さらにその後の社会の変化の結果、資本家階級・労働者階級・新中間階級・旧中間階級に分けられるようになり、今日に至っているとされている。
橋本氏はこうした階級分類の中でも、「労働者階級」を一つの階級として捉えることに疑義を呈する。橋本氏によれば、現代の「労働者階級」は、その構成要素である正規雇用と非正規雇用の置かれている状況の決定的な違いから、「労働者階級」として一つの階級とみなすことはふさわしくないのだという。そこで橋本氏は、「労働者階級」の非正規雇用労働者の状況の悪さから、「アンダークラス」として新たな階級が確立していると主張する。現代の日本の社会は、4つの階級と「アンダークラス」からなる「新しい階級社会」なのだという。
2章では、「アンダークラス」という表現の歴史社会学的な考察を踏まえ、その表現が指すものについて説明がなされている。ここでは、「アンダークラス」という表現が侮蔑的なレッテル貼りの表現として使われた例や、資本主義の帰結として形成された底辺の層として使われた例に触れられている。
3章では、年齢・性別ごとの「アンダークラス」の実態についてデータに基づいた説明・分類がなされている。
4章では、「現代の若者は貧しいながらも幸福感を味わっている」と捉える語りの検証がなされている。
社会学者の古市憲寿は、『絶望の国の幸福な若者たち』の中で、暮らし向きが悪いにもかかわらず、現代の若者たちが高い満足度を得ているという実態を取り上げている。しかし、橋本氏は、幸福度に関するデータと「アンダークラス」という階級に焦点を当てることで、古市氏の指摘に疑義を呈する。橋本氏によれば、「アンダークラス」という新たな階級が確立していることを踏まえ、データを参照すると若年層は健康面・経済面にしても絶望的な状況に置かれおり、幸福度は決して高くないのだという。
5章では、女性の「アンダークラス」の人々について論じられている。
女性の「アンダークラス」の人々の場合、男性の場合と異なり、「アンダークラス」に至る経路が多様である点が特徴的とされている。男性の場合、貧困家庭で育っている点や学校教育から退けられてきた点が原因として共通しているが、女性の場合はこうした傾向が見られず、「アンダークラス」に至る原因が多様なのだという。
6章では、高齢者の「アンダークラス」の人々についてその実態について説明がなされている。
7章では、「アンダークラス」の人々が隣り合わせになっている失業者・無業者を取り巻く状況や生活の実態について述べられている。
8章では、「アンダークラス」の人々がいかなる政治的な考えを持っており、この状況を克服するために政治に何が可能か、議論がなされている。
「アンダークラス」の人々の場合、他の階級と違い、暮らし向きへの満足度が下がるにつれて、野党への支持率が高まるのではなく、支持政党がないとする割合が高まるのだという。すなわち、暮らし向きへの満足度が低い状況に置かれている「アンダークラス」の人々は、政治に対して期待をかけることがなく、政治を見放している可能性が高いのだという。
この事実から橋本氏は、所得の再分配を掲げる政党の台頭が「アンダークラス」救済のための一つの可能性になりうると指摘している。
一行抜粋…以上のような事実をみると、労働者階級を一つの集群として、ひとまとまりの階級として理解することは、困難であるといわざるをえない。すでに労働者階級は、正規労働者と非正規労働者という、別種の集群へと分裂してしまったのではないだろうか。あえていえば、労働者階級は二つの階級へ分裂し、日本の階級構造は4階級構造から5階級構造へと変貌してしまったのではないだろうか(46頁)。