橘木俊詔『新しい幸福論』(岩波書店、2016年)

主題…現代社会を生きる人々の「幸福」とは何か。そしてその「幸福」を得るために社会はどのように変わる必要があるのか。「幸福」をめぐる現状と理想へ向けた道のりを考える。

 1章では、日本における高額所得者数と貧困率、および格差社会の実態について説明がなされている。
 日本において高額所得者の数や割合は、ここ数十年で変容を遂げている。橘木氏によれば、そうした変化は高額所得者が集中する創業経営者やスポーツ選手の数、割合を見れば明らかなのだという。日本はアメリカほどではないにせよ、ヨーロッパ諸国よりは高額所得者が多い国なのだという。
 日本の相対的貧困率は16.4%であり、ここ数十年で上昇傾向にあるとされる。相対的貧困率はOECDの中でもアメリカについで高く、橘木氏はこうした日本の相対的貧困率の高さを、高度経済成長期以降の日本社会の変化から説明している。高度経済成長期の際の前提が今日の日本において失われたことなどから、今日の日本の貧困の背景を説明できるのだという。

 2章では、「幸せ」の観点から社会における平等の意義について説明したうえで、日本社会における格差是正の現状について議論がなされている。
 橘木氏は「幸せ」と平等の関係を説明する上で、幸福度の高い国であるデンマークを例に挙げる。橘木氏によればデンマークにおける幸福度の高さは、ジニ係数の低さやその背景にある平等への国民の理解があるという。こうした「幸せ」と平等の関係をふまえ、橘木氏は日本における近年のジニ係数の高さと国民満足度の低さを指摘している。経済成長率は低くないにもかかわらず、満足度が低い日本の現状は、日本社会の格差の実態との関係で説明ができるのである。
 次に橘木氏は、なぜ格差が是正されないのか、という理由を明かにするために現在の格差是正政策とその効果を検討する。ここで橘木氏は、とりわけ再分配政策の弱さを挙げる。その上で、橘木氏はなぜ日本では再分配政策が弱いままなのか、すなわち、なぜ格差が容認されているのか、という問いの検討をしている。ここで橘木氏は日本における新自由主義の台頭といった理由だけでなく、人々が格差を容認する心理的構造についても検討を試みている。

 3章では、成長にかんする経済学史を辿ったうえで、橘木氏が理想とする「脱経済成長」が好ましい理由について検討がなされている。
 ここではアダム・スミスに始まる古典杯経済学以降の経済学史の解説がなされるが、その中でも橘木氏はジョン・ステュアート・ミルが成長の制約要因を説明する「定常状態」の論を展開していたことを重視する。経済学理論を踏まえ、橘木氏は現代における経済成長の弊害を取り上げる。ここでは環境問題や大量消費の問題が挙げられている。そして橘木氏は日本がこのまま経済成長を目指すべきかを検討した上で、「脱経済成長」が理想であるという結論を導いている。橘木氏によれば、少子高齢化の進行が早く労働時間が長い日本においては、経済成長を目的とするよりは「脱経済成長」路線のほうが好ましいのだという。

 4章では、「心豊かで幸せな生活」について、「仕事」「家族」「自由な時間」といった点から考察がなされている。

 5章では、弱い立場に置かれた人々が幸福を得るためにはいかなる政策が必要なのか論じられている。

一行抜粋…1980年ごろから2005年あたりまで日本の経済成長率は小さいながらも正の数字が多かったが、人々の生活の満足度は低下してきた。経済的には豊かさを増したにもかかわらず、幸福ではない、という気持ちが高まったのである(i頁)。

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