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【往復書簡4】 愛だ哀だの間にありて
黒ヤギさんからのお手紙をちまちまと食べてたら、あっという間に時間が経った。
コロナ禍初期に亡くなった祖母は、愛の人だった。強くて賢い人だった。私は自分のことをラッキーな人生の持ち主だと思っているけれど、それは祖母の愛による結界のおかげもあると思っている。
その祖母が、晩年は帰省するたびに母にまつわる「後悔」を吐露するようになった。賢い母だったのだけれど、大学受験を失敗した。結局短大に進むことになったのだが、その短大に物足りなさを感じた母は、初めてのゴールデンウィークに帰省した際、もう一度受験させて欲しいと懇願した。それを祖母は、頑として認めなかった。そのことを、ずっと後悔していたそうだ。
本人はそんなことを語ったことは、覚えていない。覚えていない状態になってようやく、奥深くに押し込めていた心のつっかえを口にだすことができるようになったのだ。
母にとってもその告白は初耳だったようで、「そんなことを思っていたんだ」とポツリと呟いた声は、今でも耳に残っている。
祖母は最後の最後まで、私に「生き様」の背中を見せてくれた。「こうした方がいい」も「こうならないようにね」も。
愛について、私はいまだによく分かっていないのだと思う。考えれば考えるほど、自分が誰かを本当に愛したことがあるのかどうかも分からなくなってくるほどだ。
でも祖母のその姿で思ったのは「愛」の一滴には、その何百万倍もの「哀」が凝縮されている、ということだ。「哀」の経験は、きっと私の肥やしになる。
そしてそれらの哀しみを昇華させる「笑い」に鍛えられて「愛」は育まれる… のかも知れない。
いずれにしても世の中には、愛やら夢やら希望やら、見えないものの構成比率が高いね。
メリークリスマスイブ!
『わさび』
「どちら様かは存じませんが
そのサングラスやめなさい
悪い輩に見えたら損よ
その目を私に見せなさい」
ばあちゃん俺に微笑みかけて
かすれた声で叱ったよ
出会いと別れを 繰り返し
「もう慣れたわよ」と言ったけど
「やっぱり一人は辛いから
誰かの傍にいなさいね」
ばあちゃん遠くの空を見て
小さな声でつぶやいた
「夢なんて叶わぬうちが花だけど
静かに明日を待ちなさい
待ってるだけでは駄目だから
行きたい場所を目指しなさい」
「橋の袂で声かけられて
赤いかんざし褒められた
あの日の私が一番綺麗
忘れられない思い出よ」
ばあちゃんはにかみ謝った
「ごめんなさいねこんな話」
「毛皮も指輪も 押し入れの中
どこに置いたか忘れたわ
一度ハワイに連れてってくれ
息子に頼んでみたけれど
伊勢神宮さえ 行けなくて
膝が悪くて 行けなくて」
「先頭に立たないように気を付けて
争いごとは やめなさい
じゃんけんぽんはあいこでしょ
いつまでたってもあいこでしょ」
「今度訪ねてくれるなら
土産にお寿司を持ってきて
どちら様かは存じませんが
これも何かの縁でしょう
白身の魚に烏賊と蛸
わさびを抜いてくださいね」
「人生は思うようにはなりません
それでも希望を持ちなさい
神様なんていないけど
わたしはずっと私でしょ
変わっていくものを嘆くより
変わらぬものを愛しなさい
笑う門には福来る
あなたはずっとあなたでしょ
あなたはずっとあなたでしょ」
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