【魔拳、狂ひて】西洋人形の電話 五
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白浜第三小学校の校長室。
衛とマリーは現在、校長室内のソファーに並んで座っていた。
机を挟んだ向かいのソファーには、白髪交じりで、厳めしい顔付きをした男性が鎮座している。
当然、林田校長であった。
厳格──林田と対面して、衛が最初に抱いた印象は、その二文字であった。
「青木衛と申します。ご多忙中、突然お邪魔して申し訳ありません」
衛が挨拶をし、林田に頭を下げる。
「ま、マリーです。こんにちはです」
その後に続き、マリーが挨拶をする。
緊張しているらしく、声が上擦っていた。
「……」
林田はというと、黙って二人を見つめていた。
否、どちらかと言えば、睨み付けていたという表現の方が適切であった。
その視線を、衛はいつも通りの無表情で受け止めて見せる。
「……ひぇぇ……」
一方のマリーは、すっかり委縮してしまっていた。
体がガチガチに固まり、僅かに涙目になっていた。
その時、林田の鋭い目付きが、柔和なものへと変わった。
「ああ! いやいや、怯えさせてしまって申し訳ない……よく生徒達から、『校長先生は真面目な顔になると怖い』と言われているんですよ」
そう言うと、林田はにっこりと笑う。
先程とは打って変わって、気さくそうな表情が浮かんだ。
「申し遅れました。校長の林田優作と申します。遠路はるばる、お疲れ様でした」
そう言って、林田も頭を下げる。
それを見て、ようやくマリーもほっとした顔になった。
「早速ですが青木さん、あなたの依頼人とは、マリーさんのことなんですよね?」
林田は、衛の横に座っているマリーを見ながら問い掛けた。
「はい。彼女から依頼を受けて、さつきさんを捜索しているのです」
林田の問い掛けに、衛が答える。
「ふむ……宜しければ、彼女とさつきさんの関係を教えていただけますか?」
「彼女からは、さつきさんの友人だと聞いています。六年前に会ったのを最後に、音信不通だと」
林田が眉をひそめる。そして、一度マリーをチラリと一瞥した後、再び衛を見て尋ねた。
「六年前……ですか? 失礼ですが、彼女は今、一体お幾つなのですか? 失礼かもしれませんが、見たところ彼女の年齢は、まだ小学校にも入っていないように見受けられるのですが……」
「九歳だそうです。彼女の体格に関しましては、色々と複雑な事情がありまして……」
衛は、冷静な調子でそう答えた。
林田が訝しむ気持ちも分かる。しかし、彼女が西洋人形の妖怪であるという事実を伝えるわけにはいかなかった。妖怪が実在するということを知らぬ者に、そのようなことを話しても、信じるはずがなかった。
「ふぅむ……」
林田が声を漏らしながら悩む。
しばらく考え込んだ後、次はマリーに問い掛けた。
「マリーさん。あなたは、さつきさんのお友達なんですよね?」
「は、はい、そうです」
「では、さつきさんについて知っていることを教えていただけますか?当時の彼女の学年でも、何でも構いませんよ」
「えっと……あの時は確か入学したばっかりだったから、1年生だと思います。他にはあんまり憶えてることはないけど……さっちゃんはとっても優しくて、明るくて、笑ってる顔がきらきらしてたってことは憶えてます」
その答えに、林田は口元を綻ばせた。
その後、再び真面目な表情を作り、マリーに問い掛けた。
「……さつきさんに、会いたいですか?」
林田の真剣な様子に、マリーが再び委縮しそうになる。
だが、負けじと真剣な顔になり、はっきりと答えた。
「……はい、会いたいです」
しばらくの間、林田はマリーの顔を見つめていた。
その間、マリーは委縮する事無く、しっかりと林田の視線を受け止めていた。
──十秒ほど経った頃であろうか。
林田が再び微笑み、口を開いた。
「分かりました。ささやかではありますが、あなた方に協力させていただきましょう」
「ほ……本当!?」
林田の言葉に、マリーの顔がぱっと明るくなる。
一方の衛は、冷静な態度を崩さず、林田に確認した。
「宜しいのですか?」
林田の答えに、衛が確認を取る。
その言葉に、林田は口元に微笑を湛えたまま答えた。
「ええ。あなた方が仰っていることが全て本当なのかは分かりませんが、マリーさんがさつきさんに会いたいという気持ちが確かなのは、はっきりと分かりました。……それに、子供がお友達に会いたいと望んでいるんです。教師ならば、それを叶えてあげるのが務めでしょう」
そう言いながら、林田は茶目っ気たっぷりな笑顔を見せた。
「や……やったぁっ!」
「ありがとうございます、校長先生」
飛び跳ねるように喜ぶマリーと、丁寧にお辞儀をする衛。
二人を見て、林田は満足そうに頷いた。
どうやら、ただ厳格なだけの男ではないらしい——衛はそう思い、林田への印象を改めた。
「それでは早速ですが、こちらをご覧下さい」
林田は立ち上がると、本棚から一冊の本を取り出した。
「私は、六年前にはこの学校にいなかったのですが……本校は六年前の六月に、新校舎に建て変わっているんです。それを祝うために、式典を行ったそうなんですよ。これは、その式典の際に発行された冊子なんですがね——」
そう説明しながら、林田はその本のページをおもむろにめくり始めた。
「この本には、当時在籍していた生徒や教師の、写真と名前が記載してあります。当時1年生で、名前が『さつき』という生徒は、たった一人。……おっ、ここですここです」
目当てのページを開き、衛とマリーに見せる。
そこは、一年二組のページであった。
集合写真が大きく掲載してあり、その他に、教師と生徒の顔写真が載っている。
顔写真の下には、その人物の名前が書いてあった。
「あっ——」
不意に、マリーが声を上げる。
目を見開き、ページ内のある一点を見つめていた。
「どうした?」
「さ……さっちゃんだ……!」
マリーが震える手で指差す。
そこには、見た者を癒す可愛らしい笑顔の少女の写真が貼られていた。
写真の下には、『北村さつき』という名前が書いてあった。
「間違いないか?」
「うん!間違いなくさっちゃんよ!」
衛の問い掛けに、マリーが元気いっぱいに頷く。
その反応を見た衛は、林田に尋ねた。
「校長先生、彼女の現在の住所か、連絡先をご存知ないでしょうか?」
「残念ながら分かりません。私共の方で、資料や名簿を調べてみたのですが、そのどちらも残っていませんでした」
林田の答えを聞き、マリーが肩を落とした。
「なんだぁ……それじゃあ結局振り出しか……」
「いえいえ、落ち込むのはまだ早いですよ?」
「えっ?」
微笑を浮かべたままの林田。
彼が口にした言葉に、マリーが呆けた声を漏らした。
「この方をご覧ください」
そう言いながら、林田がページ内を指差す。
示された個所には、白く染まった頭髪と、温和そうな笑顔を浮かべた男性の顔写真が掲載してあった。
その下には、『担任:君島和久』と書かれてあった。
「ここに書かれてある通り、彼は六年前、北村さつきさんのクラスの担任をなさったのです。この方は四年前に定年退職なさってて、今はこの学校の近くの家に、奥様と一緒に住んでいらっしゃるんですよ」
林田の言葉に、マリーに再び笑顔が戻る。
「じ……じゃあ、この人なら……!?」
「おそらく、彼ならば何かご存知なのではないかと」
「そうですか……」
林田の言葉に、衛は安堵した。
そして、会釈をしながら、林田に礼を言う。
「ありがとうございます、校長先生。早速、この方を訪ねてみます。宜しければ、住所を教えていただけないでしょうか?」
「ええ、勿論構いませんよ。あなた方が来られる前に、一度連絡を入れてみたのですが、その時は外出されていて、奥様しかいらっしゃいませんでした。『昼過ぎには戻って来る』と仰っていたので、そろそろ帰って来られる頃だと思いますよ」
林田は衛にそう伝えると、マリーに顔を向けた。
そして、最後にもう一度微笑み、マリーに優しく語り掛けた。
「早くさつきさんに会えると良いですね。あなたがお友達と再会出来ることを、祈っていますよ」
「うん!ありがとう、校長先生!」
林田の言葉に、マリーは笑顔を浮かべながら、心から感謝するのであった。