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ディストピアにも程がある
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米国のフェイクニュースが流した「ハイチからの移民がイヌネコを食っている」情報に大統領候補のトランプが引っ掛かった話を思い浮かべながら、現代ロシアの近未来SF小説『サハリン島』を読了した。2018年に世に出たこの作品(邦訳は2020年)が描き出す世界はイヌネコ食など序の口で…というハイパーディストピア小説。コロナ前に書かれたにもかかわらず、新型疫病の蔓延で大陸は感染ゾンビの群れと化し、海を渡れないゾンビのお蔭で日本のみが文明を保ち、その間に位置するサハリンは人間文明の最終防波堤としてありとあらゆる不条理が集約されたゴミ貯めと化していた。イヌネコその他の食用はその不条理のほんのささやかな一例にすぎない。
いやもう実に疲労を強いられる作品であった。核戦争後の未来を描いたディストピア小説はあまたあるが、この作品が描くのは、サハリンというロシア人にとっての最果ての流刑地に限定した舞台に、ロシア人がその歴史的経験上思いつく限りの地獄を見本市のように並べた、暗黒の未来予想図なのだ。何がイヤって、リアルなんだよ、ディテールが。それらしい絵空事ではなく、本当にあり得そうなのだ。
というのは、ロシア・ソ連といえば有名な粛清・処刑・収容所という負の歴史が際立っているが、それが核戦争後になくなるどころか更にレベルアップし、数少ない人類の生き残りをすり潰すように苦しめるのである。そしてそんな囚人の島から遠く離れた日本本土では、文明的で優雅な生活が平然と営まれている。このギャップはまさにロシア人の得意とする発想というか、この民族が骨の髄まで味わってきた実体験から来る心象風景とでもいうべきもので、ちょっと日本人には真似できない。感染ゾンビのくだりは米国の「バイオハザード」に似ているが、似ているようでどこか本質が違う。まあ読んで確認してくれたまえ。尤も最終的にゾンビの町をどう処理するか、という解決法はロシア人も米国人も同じであった。もうひとひねりしてほしかったな。日本人はこういう終わり方はしない。恐らく終末思想のあるキリスト教徒に共通する発想なのだろう。
なお、ウクライナに肩入れする西側諸国はこぞってロシアを悪の帝国に仕立て上げ、ロシアが国際的な孤立化を防ぐためにこれまた西側にまつろわぬ中国や北朝鮮と連携していると、「悪だくみ三兄弟」みたいに並べて論じているが、この『サハリン島』を読めばロシア人は決して中国や北朝鮮に好意を抱いていないことがはっきりと判る。こんなにはっきり書いて大丈夫か、と心配になるくらいだ。フィクションとはいえひどい描かれ方だ。あまりにひどすぎて、この作品は中国語訳も朝鮮語訳も出版できないと思う。それに比べて日本の描かれ方は何と良心的であろう。今も昔もロシア人は日本に片思いなのだと知れる。
読んでいて決して楽しい気分になれる小説ではないが、ロシア現代文学の底力が垣間見える怪作なので、その辺のホラー映画・小説では物足りない方にはお勧めです。それにしてもよく訳したな。女性二人の共訳だが、途中でイヤにならなかったのかね。
ちなみにチェーホフの紀行文『サハリン島』とは全然別物の同名小説なので、お間違えのないよう。作家はエドゥアルド・ヴェルキンです。
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