
オーチェストヴァのロシア
現代ロシアの小説『飛行士』を原文でちまちま読んでいる宇宙人。この小説はロシア革命の時代に青春期を過ごした主人公がその後凍結保存され、70年後の現代に蘇ったという物語なのだが、そこはロシア文学、SF的な話がテーマではない。70年前の人間から見た現代社会がどう映っているかを描いた、社会批判を含む歴史考察小説である。
知っての通り現代のロシアでは「十月革命(=ロシア革命)」のことを「大変革」と呼び慣わしている。ソ連が崩壊した今となってはロシア革命の正当性を声高に叫びにくくなっており、こうした呼び名に変えて正当性云々ではなく「歴史の一事件」として扱おうとしているのだ。比較するなら日本の「明治維新」に似ている。明治維新も時流に乗った側の人間とそうでない人間とで勝ち組・負け組が分かれ、近代化の陰で理不尽な扱いや不幸な出来事に泣いた人々があまたいたが、もはやそれは歴史の一事件として括られ、今更補償だ、賠償だという話にはならない。せいぜいドラマや小説に一事件が描き出されるくらいだ。
しかしロシア革命による惨禍は明治維新の比ではなく、革命の後も国家による組織的な強制収容所運営(囚人の多くは冤罪)が何十年も続き、被害者と加害者の区別もつきにくい状態だったせいか、一般市民はこの件についてあまり触れたがらない。そりゃそうだろう。本人がソ連崩壊後の生まれであっても、親兄弟や祖父母が旧体制の被害者でも加害者でもあったという例がざらにあるのだから、今更真相を突き止めようにもキリがないし、誰かを責めることもできない。自分が責められる可能性があるからだ。
そうしたわけで、このテーマは専ら歴史家と、歴史を題材に小説を書く作家が取り組む話題となり、ロシアの作家は事件そのものよりもその奥に潜む人間の心理や行動原理を掘り下げるのを務めとしているため、『飛行士』もまたその種の考察小説となっている。そのうち読了したら翻訳を世に出すかどうか考えよう。版権のある作品だし、そもそも読者の需要があるかどうか疑わしい。もしかしてクラウドファンディングで資金を集めれば実現しやすいのかな。どうですか皆さん、宇宙人のお勧め図書の翻訳を読みたいですか?
ところでロシアのプーチン大統領はウクライナ戦争以後の西側との不和を契機に、西側の価値観であるLGBTQ政策を禁止している。正確には「性的嗜好は自由だが、男女の性別は生物学的基準とし、性転換や同性婚は認めない」というもの。同じことを米国のトランプも言っていて、二人は意気投合している。宇宙人もこれが正しいと思うのだが、皆さんはどうですか。女装したオヤジが「自分は心が女なの」と言って女子風呂に入って来るのを許しますか? 宇宙人は許さぬし、プーチンもトランプも許さぬようだ。まともなのだ。佐藤優氏は二人を擁護して「LGBまではいいけど、TQはどうなのか」と世間に問うている。
ロシアにはミドルネームに該当する父称(オーチェストヴァ)なるものがある。これは父親の名前に~ヴィチ(男子)や~ヴナ(女子)を付けて、名前・父称・苗字の順番に呼びならわす習慣で、今も昔もやっている。父親がイワンなら息子はイワノヴィチ、娘はイワノヴナとなる。母親の名前は付けない。なぜなら人間は母親の腹から目に見えて生まれるので、わざわざ明記する必要がないからだ。しかし父親は違う。母親が貞潔でなければ誰が父親かは判らない。だから「間違いなくこの父親から生まれた」ことを主張(たとえ事実でなくとも)するために父称が必要なのである。つまりロシアはこういう価値観の国なのだ。
そのロシアにLGBTQが合うはずがないのである。同性婚など認めたら父称はどうなる。父称だけではない。ロシア語には男性名詞・女性名詞・中性名詞があり、それぞれ形容詞や動詞もこれに従う。人間に対しては中性名詞は使わない。世界には男女の2性しかないという前提だからだ。LGBTQにいちいち対応していたらロシア語が成立しなくなる。こういう現実的な制約もあってロシアにはLGBTQは向かないのである。プーチンによる禁止は現実を見据えたものであり、西側に反抗するという感情的なものではない。
そんなプーチンは、日本発祥の「転生ものアニメ」も禁止した。宇宙人は転生ものは『転生したらスライムだった件』くらいしか見たことないが、あれは図柄が可愛かったので数回見たのだった。全編を知る人の意見によれば、転生する前のオリジナルの主人公は、人間としての正義感やガッツがあったという。しかしその後雨後の筍の如く制作された「転生もの」の主人公は、転生前の状態が既にダメ人間で、そのダメ人間が一回死んで転生することによって、理由もなくパワーアップし、前世で自分をいじめた奴らに仕返しするような歪んだ内容ばかりだという。ああ、それでプーチンは禁止したのだな、と納得する宇宙人。一回死んでリセットすれば幸せになれるという安易な発想は、インテリのプーチンでなくとも渋面ものである。こんなのが今の日本に溢れているということは、そういう気分に共鳴する若者が大勢いるということか。日本沈没まっしぐらなのだ。禁止しなくてもいいから、なるべく早くこの種のブームが去ってほしいものである。
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