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17歳の書いた観念小説

 今年の6月に自分自身の足に蹴つまずいて左の親指の爪を剥がし「老いるショック」に沈んだ宇宙人は(最近ものを落としたり物にぶつかったりが多いんだよなあ)、半分くっついたままの爪をそのままにして自然治癒を待つこととした。無理に引き剥がすのが怖かったのだ。かさぶただって自然に乾き落ちるのが良いのだし、新しい爪が生えて来れば自然と押し出されるはずだから、飛び出した分だけこまめに爪切りで切り取って再発防止に努めよう。そう思って過ごすこと6カ月。何だか患部がムズムズ痛み、これは完治の前兆かと注視していたら、案の定朝起きたら布団の上に斑色の欠片を発見し、それが自然に抜け落ちた剥がれ爪だと知った。
 なんと小さく丸まっていることか。こんなちっぽけなものに半年も気を使ってきたのだった。そのせいかどうか知らぬが、先月辺りから左膝が痛み出し、正座をすると容易に立ち上がれなくなった。折りたたんだ膝を伸ばすのに時間がかかり、且つ痛むのである。これもまた一連の老いるショックの気もするし、剥がれた爪をかばって歩き続けたことで生じた体の歪みのせいかもしれない。いずれにしてもトホホである。
 この膝の痛みが始まるちょっと前に、坐骨神経痛その他の改善を見込んで鍼治療に赴いた(バックナンバー参照)が、その診療所から折よくDMが届き、3000円割引券をプレゼントするから締切日までに予約せよと言う。零細の宇宙人に3000円OFFは大きいので早速問い合わせてみたところ、今の病状に対する料金は9000円で、そこから3000円割引くという。つまり6000円也。…宇宙人は零細だと言っているのに。勿論却下だ。こんな海老で鯛を釣る商法には引っ掛からんぞ。必ず治るという保証もないのに。世の中金儲けのために平気で嘘をつく風潮が蔓延しておるからな。疑ぐり深い宇宙人は、深刻な病の際もこうやって医者を信用できずに一人自宅で朽ちていくに違いない。せめてハイパーソニック・エフェクト楽器である琵琶を掻き鳴らして免疫アップの自助努力に励むとしよう。今季の課題曲は『本能寺』。信長が好んだ幸若舞の文句には「人間五十年」とあるが、宇宙人は本当に五十年を過ぎた途端に全身のスイッチが一斉に切れて、あっちもこっちも不具合が噴出し、まるで雨漏りのするあばら家に洗面器を抱えて走り回るような日常になった。皆さんはどうですか。そんなことないですか。宇宙人にバチが当たっているだけですか。

 老いるショックなわが身から目を背けるべく、いつもと違った読書をしてみた。伊良刹那著『海を覗く』。この作家は当作品で去年、17歳という最年少で新潮新人賞を獲ったことで注目されたのだが、更にこの『海を覗く』は観念小説だというので興味が湧いた。果たして人間の内面の思想に特化した小説であり、実に小難しい。とても17歳の発想とは思えぬ思考と文体である。宇宙人は芸術家ではないので内容にはビビビと来るものはなかったが、登場人物の描写の一端として散見できる作家のちょっとした意見には共感を覚えたので、そこだけ抜き出して紹介しよう。勿論、気になる方は全編を読んでくれ給え。

――多くの人がそうであるように、必要以上に語らないことは、必要を語ることより困難である。――

――自分の無知や欠点を赤裸々に、臆面もなく語りたがるのが若さの嫌なところである。そして若さを失うと、人は知らないことに得意になったり、知ったかぶりをすることに飽きて、今度は知っていることすら知らないように振る舞う。そうしているうちに、人は年をとり、忘却し、本当に何一つ覚えてはおらず、何一つ覚えようともしなくなるのだ。――

――涙で解決するような問題なら、解決しないほうがましだった。――

 どうですか。「若さの嫌なところである」って書いてる本人がまだ未成年なのに、いやはや。大物になるか、この一冊で終わってしまうか。

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