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「肉体的な死と精神の勝利」

 「土星の裏側note」では食いつきの良かったロシアねたを小出しに積み上げよう。と言っても今回はロシア文学ではなくロシア的性質や思考パターンについての宇宙人の私見だ(宇宙人の私見…何という不確かなフレーズ)。
 リュドミラ・ウリツカヤが言うところのロシア文学が常にテーマとしている「肉体的な死と精神の勝利について」とは、つまり肉体はいずれ滅んでしまう有限且つ短命なものだが、精神は無限であり永遠を生き延びる力がある、という対比の意味を示している。ロシア文学が常にこれをテーマとしているということは、ロシア人も概ねそういう思考をベースに生きているということであるが、長年二大超大国として対立してきた米国と比較すればこの対比は一層はっきりする。米国の文化や芸術(そんなものがあるとすればだが)が「精神が肉体に勝利する」ことなど考えたことがあっただろうか。片鱗さえ見当たらない。つまり米国人にとってはそもそもテーマにさえならないことを、ロシア人は伝統的価値基準としてこだわり続けているわけである。
 これを踏まえながら、今月の「東京大地塾」の佐藤優氏のロシア時論を引き合いに、「土星の裏側note」のロシア文学関連記事に興味を示している読者が抱く心のモヤモヤ、恐らくロシアについての情報が米国についてのそれより圧倒的に少ないせいで対象物がはっきり把握できないモヤモヤを、少しでも明確な輪郭に近付けてみようと思う。うまくできるかな。

 まずロシアの反体制活動家ナワーリヌイ氏が獄死した件につき、英米メディアやそれを翻訳するだけの日本のマスメディアはプーチンが暗殺したに違いないと決めつけているが、そんな証拠はどこにもなく、この点を日本政府が英米に迎合せず「証拠がないのでノーコメント」という態度を示したことについて、佐藤氏は公平な態度だと高く評価している。確かに「プーチンがやった」という報道はいくらでも聞いたが、その証拠を並べる番組は見当たらない。つまり単なる憶測にすぎないのに、大勢の人がこれを信じてプーチンを悪党だと決めつけ騒いでいる。地球人の大衆にまるで迎合しない宇宙人は、いつも通り合点がいかずに頭をねじらせている。証拠を示してくれたら納得するのだが、誰もエビデンス持ってこいって言わないのが気味悪い。地球人の皆さん、あなたたちどうなってんの。
 どうして証拠もないのにそうだと決めつけるのか。真実が知りたくないのか。真実よりも自分たちが作り出した虚構の方が都合がいいのか、気持ちがいいのか。それがアングロサクソンのやり方であり、体質であり、切っても切れない思考パターンということではないのか。最終的に「精神の勝利」を目指すロシア人と相容れない彼らの価値観では、自分たちの正統性を主張するためにロシア人に悪人になってもらう方が都合がいい。ただそれだけの理由で平気で他者を侮辱し、偽りの悪評を植え付ける。実にいやらしい。日本だって第二次大戦中はそういう扱いだったし、今だって国連の中では敗戦した側の「敵国」の文字が消せないでいる。これが英米という民族の伝統的思考なのだと、宇宙人は言いたいのである。

 勿論、佐藤優氏も、ウクライナ戦争中のロシア言論界も、はっきりと「アングロサクソン」という言葉で批判していて、宇宙人は彼らの受け売りをしているのだが、ロシア文学を読み込んでいると、こういう風景はすんなり頭に入って来る。日本人の多くがこう言われてもなかなか頭の中の風景を変えられないのは、アングロサクソンの文化を日常的に浴び過ぎているからではないのか。音楽然り、映画然り。宇宙人は日本に溢れる米国文化をただの一つも「いい」と思ったことがないので、これだけ周囲を囲まれても馬耳東風だ。土星の裏側に引きこもってロシア文学のページをちまちまめくったり、ラフマニノフやスクリャービンを一人で聴いてウットリして暮らしているせいで、アングロサクソンの思考よりもロシアの思考に馴染んでおり、ベースには日本の思考があるものの、いずれ滅びる肉体の快楽や短絡的な虚構の喜びよりも「精神の勝利」や真実の確かさを恒久的な喜びとして尊ぶ。皆さんはどうですか。ロシア文学を読んだ人、読まない人、読んでないけど気になっている人。どうなんですか、地球人の皆さん。

 佐藤氏の豊富な知識と経験に基づく見解によれば、ナワーリヌイ氏の死因は毒殺ではなく、恐らくロシア政府の発表通り「血栓症」だろうとのこと。理由は、彼が収監された刑務所が北極圏に位置するヤマロ・ネネツ自治管区にあり、さすがのロシア人でもこんな寒い所で3年も暮らしたら体を壊すと言われているからである。但し、一体何年間収監するつもりだったかは知らないが、もっと温かい場所にある刑務所ではなく、よりによってここに収監したロシア政府に悪意がなかったとは言えない。あわよくば病死を目論んでいてその通りになった、という可能性は十分にある。
 宇宙人もこの推測なら合点がいく。ロシア人が敵を屠る時は、伝統的に「直接手にかけない」のだ。じんわり自死していく方向へ誘導する。だって冬に戸外をうろうろしていただけでも命に係わる気候の国なのだよ。ナポレオン戦争を見よ。モスクワに迫ったフランス軍はなにゆえ撤退したのか? それはロシア人がホームであるモスクワを自ら焼き払って一旦明け渡し、戦わずして入城してきたフランス軍を冬の寒さで迎え撃ったからだ。小便が凍って先っぽが地面と繋がる寒さだぞ。フランス兵は飢えと寒さで衰弱して撤退したのであって、直接ロシア人に討たれたのではない。ロシア人のやり方とは大体こうしたものなのだ。我々と違って気が長い。待つのが億劫でない。ナワーリヌイ氏が緩やかに死ぬのを当局が気長に待つつもりだったというなら、大いに信憑性がある。こうしたことは、ロシア文学を多少読んだり、ロシアに数年暮らしたりしていれば自然と判ることなのだ。ついでに、ウクライナのゼレンスキー大統領に対しても、彼が自国民に見限られて自滅するのを、ロシア政府は気長に待っている気配がある。傭兵司令官プリゴジンの飛行機事故? ああした事故も、待っているだけで起きそうな国だよ、ロシアは。整備が雑だから。

 なお佐藤氏は、英米がこうしてありもしない疑惑をでっち上げてプーチンを悪人に仕立て上げようとすればするほど、ロシア人は大統領選でプーチン支持に傾いていくだろうとも言及していた。英米はアングロサクソンの価値観に基づきロシアの弱体化を目論んできたが、こうした虚偽に基づく人心操作を、「精神の勝利」を忘れぬロシア人が快く思うはずがなく、却って逆効果になるだろうと。アングロサクソンは相手が判っていない。相手が自分と同じ価値観でないことを理解できない。だから自分の価値観を相手に押し付けてそれが「正義だ」と豪語できるのだ。米国映画なんて全部それじゃないのかね。だから宇宙人は米国映画を見ていると気分が悪くなってすぐやめてしまうのではないのか。皆さんは気分が悪くなりませんか。全然平気ですか。

 他にもノルドストリーム爆破事件の真犯人がCIAであり(やっぱりね。日本ではプーチンの仕業だなんて報じられたが、ロシアが自国のガスを売るためのパイプラインを自分で爆破して何の得になるのだ、とツッコむ人は鈴木宗男しかいなかった。誰が得をするのかを考えれば、自ずと犯人は見えてくるのに、誰もその点を指摘しないほど日本人は頭が悪くなったのかい。推理小説やらドラマやらあんなに世に溢れているのに、どれも役立たず?)、その件が米国内で訴訟となっていることも世界では知られているのに日本では全然報道されないとか、プーチンが情報発信の相手にしているのは各国の政治エリートや経済エリート、文化エリートであり、それに対して英米が相手にしているのは各国の大衆であること。前者は宣伝であり、後者は煽動であり、両者は異なること、など、いつものようにモヤモヤがクッキリする話をしてくれた。興味のある方は広告なしの無料動画が90分ほどなので全編視聴下さい。
 それでもモヤモヤが依然としてモヤモヤのままである人は、とりあえずチャイコフスキーのバレエ音楽でも鑑賞してみてくれたまえ。宇宙人が推すカプースチン先生の楽曲でもいいぞ。盲目のピアニスト辻井伸行氏は、カプースチンの「コンサートのための8つのエチュード」の第一曲をあちこちで披露しているね。よく耳だけで覚えたね。よそ見している暇のない忙しい曲で、虚偽の挟まる余地がない。こういう密度の高い音楽を日常的に聴き流しているだけでも、脳みそは短絡的な快楽よりも「永遠の魂の勝利」に傾いていくよ。もうすぐ春休みだから、学生諸君は英語の勉強をやめて、ロシア語やどこか知らない世界の言語を勉強してみてもいいぞ。脳みその配置が換わって、ものの見方が変わってこよう。

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