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全身麻酔に嘘はつけない

麻酔科医は、手術の依頼が入ると、手術前に必ず患者のカルテを必ず隅々までチェックする。現病歴、既往歴、内服歴、アレルギー、麻酔歴、家族歴などを隅々までチェックし、心電図やレントゲン写真、血液検査などの一般的な術前検査に加え、さらに必要と思われる検査があれば即追加オーダーを行う。非常に短時間で的確に患者の状態を評価し、麻酔計画を立て、リスクをピックアップする。そして、患者と家族にインフォームドコンセントを行い、同意書にサインをもらう。予定手術の場合は、手術当日までに2回程度患者さんのベッドサイドに足を運ぶこともあるが、緊急手術の場合は、この一連の流れを全身麻酔の準備も含めて約1時間程度で行わないといけない場合もしばしばである。そのような業務内容が中心であるため、麻酔科医は手術室の外でも、迅速で的確な判断能力を持ち合わせていないといけない。もちろん手術中の麻酔管理においては、言うまでもない。麻酔の深さ、人工呼吸器の設定、血圧、心拍数、体温、尿量などの監視とコントロールを行いながら、術野の状態や手術の進行に合わせて、麻酔薬や輸液量の調整を行い、患者へのストレスを最小限にする。そのために、0.1秒刻みの集中力、観察力、判断力が求められる。当然のごとく、執刀医やスタッフとスムーズにコミュニケーションを行う能力は必須である。ときには、麻酔科医が手術の延期や中止の決定を下す場合もある。麻酔科医の言動に患者の命がかかっている。

そこには「見せかけ」や「忖度」という文字は一切存在しない。

同じように、一旦手術が決まれば、患者とキーパーソン(多くの場合は家族やパートナー)も、短期間の間に次々と沢山の量の説明書を読んだり、主治医や麻酔科医の説明を聞いて理解したりすることが必要とされる。
まず、検査として行ったCTやMRIなどの画像が映し出されたモニターの前に座り、今まで一度も聞いたことのないような難しい病気の名前や専門用語に、居心地の悪さを感じる人は多い。そして、主治医から、予定された手術の方法や合併症についての話を小一時間ほど聞いた後、手術同意書にサインをしなければならない。
同時に、入院の事務手続きに関する何枚もの書類に目を通しサインし、入院に必要なものの準備、お金の準備、交通手段、仕事や学校への連絡やスケジュール調整、キーパーソンへの協力依頼などが必要になる。麻酔の説明を受けるのは手術前日、あるいは当日のことも多いため、手術を受ける側も、迅速な処理能力と理解力、コミュニケーション能力が必要とされる。もし、患者が高齢で理解力や意思決定能力が不十分な場合は、これらの全てをキーパーソンが行わなければならない。

高いお金を払ったうえ、麻酔薬で眠らされ、身体にメスを入れられるのである。
自分の身を守り、納得して手術を受けるために、わからないことは、遠慮せずに医師やスタッフにその都度尋ねる権利がある。

「病名は何か?」「どのような手術なのか?」「どのくらい時間がかかるか?」「全身麻酔はどのような方法で行うのか?」「麻酔からちゃんと目が覚めるのか?」「痛みはどうなるのか?」「合併症は?」など、自分の言葉で説明することができるだろうか?もういちど、手術前に渡された膨大な書類を読み直してほしい。

自分のプライドを保ったり、スタッフへの印象を良くしたいという気持ちから「分かったふり」をする人は珍しくない。「そんなことは聞いていない」と高圧的な態度を取ったり、「聞いてもわからない」「知らない」という言葉で現実に目を向けず、責任を逃れようとする患者や家族もいる。しかし、無知は罪であることを忘れてはいけない。

プライドを捨てず、無知を盾に被害者意識を持つ人は全身麻酔を受ける資格がない

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麻酔科医は常に真実を追求し、現実から目を逸らさない。患者を励ますことは出来ても、口約束はしない。希望的観測や生温い判断は一切許されない。出来ることは全身麻酔に対する個々の人間という生命体の反応を、勇気を持ってありのまま受け止めることである。


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