民主主義の退廃@プラトンの批判
プラトンは弟子のアリストテレスに著書で語らせた。
プラトンは民主制を嫌っていた。
彼は賢者による独裁がベストな統治法と言った。
弟子のアリストテレスは貴族制がベストと言った。
プラトンは人生の最後に国家にてこう書いている。
この頃のアテネの貧困層は立法、課税、革命によって富裕層から財産を奪おうとした。
富裕層は団結して身を守ろうとした。
そしてその頃、マケドニアのフィリポス2世(アレクサンドロスの父)がアテネに攻めてくるのである。
富裕なギリシャ人は貧者の狙う革命よりはましだと考えてフィリポス2世を歓迎した。
そしてフィリポス2世の独裁により、アテネの民主制は滅びた。
結果プラトンの予想した通りとなった。
(民主制が独裁を産んだ、この場合は他国に攻め込まれた場合だが)
プラトンは君主制⇨貴族制⇨民主制⇨独裁制の順で移り変わると考えた。
そして古代ローマやフランスのナポレオンの台頭は同じような道順を辿った。
民主制は最も難しい政体である。民主制をするには誰もが知性を持っている必要がある。
そして歴史上50年以上民主制が機能した例は私は知らない。