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あなたとハーレーダビットソンでタンデム、および12/8(日)北山あさひ第二歌集『ヒューマン・ライツ』歌集批評会に向けて

来る2024年12月8日(日)は、『ヒューマン・ライツ』批評会が札幌で開催される日である。『ヒューマン・ライツ』はまひる野所属の歌人北山あさひによる、昨年9月に上梓された第二歌集だ。

ねぇ、二十三歳のときなにしてた オフィスの窓に窓映り込む
十二位はごめんなさい山羊座のみなさん大事なことが思い出せない
関係のあることばかり。ほんとうは。クレーンは鉄の花を吊るして

『ヒューマン・ライツ』は「服務規定違反」という連作から始まる。この連作は、2020年に起きた栃木の女子刑務所での看守と出所者の不適切な関係を取り上げた事件を背景に作られているものだ。
1首目、主体は23歳の看守に23歳のころの自分を重ねて、その感情を共有しようとする。「窓に窓映り込む」は、透明な存在が透明なものを覗き込む弱いアクションかもしれないが、確かな予感として響いてくる。2首目、テレビニュースでよく聞く占いのフレーズを借りて、社会における正義の曖昧さに疑問を表している。ここにおける社会にはきっと自分も含まれていて、自己批判の歌ともとれる。3首目、社会的な不正義に対する主体の感受性が深まる。モノローグのような上句は、工事現場のクレーンを背景にドラマのワンシーンのようだ。クソみたいな現実と、それを見過ごせないと感じる自らの立場が浮き彫りになる。クレーンの吊るす鉄材を「鉄の花」と喩える、比喩の巧みさは言うまでもない。
『ヒューマン・ライツ』を読み進めていくと、様々な歌がこの歌のように、主体個人の感情や倫理的な問いを、時に強く投げかけ、そして時にそっと手渡してくれる。

we, our, us, ours, ourselves 曇天を撹拌せよ鉄のかざぐるま
横縞柄(ルビ:ボーダー)を着ると結婚できないよ あの噴水を狼煙と思え
ちゃんとした性教育をだれも知らずリラの隣に信号を待つ
やりづらいですね……と編集長は言い、 男女共同参画白書
人びとが「北の風土」と呼ぶものをただ生きて死ぬふつうのことに
手を挙げて意見を言えば晩秋の墓場のように静まりかえる
千年をずっと女であるような悔しいすすき野原の風だ
羨ましいならなれよ女に、犬に ぐらりと地下鉄がやってくる
永遠に泣かないエリカ コピー機のそばの窓から星を探した

あんなに激しく怒っていたのに、あるいは手放してはいけない違和感だとわかっているのに、日々の忙しさにかまけてその感覚が流れていってしまう。
「風のまち」寿都町長選挙における「核のごみ」問題。包括的性教育の難しさ。男女格差や女性差別が「やりづらい」という呟きに薄められ、無視されていく虚しさ。これらの問題は、ニュース番組の中で、そして私たちの日常の中で、いつも直面している現実だ。
北山はその怒りを決して手放さない。短歌は、北山にとってその怒りを表現するための手段であり、怒りに満ちた世界を疾走するハーレーダビッドソン(あとがきより)だ。それは、とてもかっこいい。私たちは彼女の後ろに乗り、その激しさに身を任せながら、同時にその技巧の巧妙さを目の当たりにする。北山の手捌きは大胆でダイナミックだが、そこにあるのは決して無鉄砲な力任せではなく、短歌に対する深い理解と繊細さだ。

鎖(ルビ:とざ)されし門のうちがわ小暗くて芙蓉の花のn人姉妹
春のバス、とはいえみんな起きていて陽ざしのなかに髪赤くする
貧しくてダサくて頭が悪いから〈地方〉は嫌い、でもペンダント
蟬じゃなくて空が唸っているんだよ石のあいだに人は小さい
オレンジと胡桃、涙とピスタチオ、薔薇と荒野のパウンドケーキ
一口のギムレット分けてもらいたり心はいつもまち針だらけ
オレンジとベルガモットの雨が降る春のいつかへブラウス畳む

小暗く閉ざされた庭に咲く芙蓉の花の、息の詰まりそうな閉塞感を、姉妹関係のそれに表す繊細な表現力。春の昼間、バスのぽわっと光を蓄えた情景を、乗客の髪が陽ざしに透ける様子で描写するところは、捉え所が巧みだ。ペンダントの歌は、わたしの大好きな歌だ。思い出すのは子どもの頃のお菓子に付いていた、あのちゃちで特別なペンダントだ。ランダムで手に入るもので、決して高価ではないけれど、どこか大切に感じられた。貧しくてダサくて、嫌いだった地元の〈地方〉ではあっても、その中に潜む「特別さ」が感じられ、ノスタルジーを連れてくる。
私が好きな北山あさひの歌には、彼女自身の心のキュートさが垣間見えるものが多い。おそらく、りぼん読者だったであろう北山にとって、キュートでキッチュなアイテムは、どこか脅かされることのない聖域のような意味を持っているのだろう。オレンジとベルガモットの雨が降るいつかの春に北山はひとときの癒しを求め、ギムレットを一口飲み、また愛車に跨り走り出すのだろう。

胃の裏を雪どけ水がキャッキャッと流れてわたしはわからなくなった
敵ですか わたしは誰の敵ですか 雪は笑って消えゆくものを
今年の春さいしょの雨に濡れているカモメの翼 自信がないよ
壁を走るプリズムほんのさっきまで正義であっという間に夜だ
お互いに人質だからみんなみんな優しい滝のように青ざめて


歌集の後半に、「二〇二三年の春に考えていたこと」という連作がある。短歌の活動している人々には、きっとすぐに思い当たる節があるだろう。
あれから1年半の時が過ぎた。沈黙の中を通り過ぎ、北山あさひの『ヒューマン・ライツ』はどのように批評されるのか。歌集に歌集以上の意味を持たせることに躊躇いの気持ちがないと言えば嘘になるが、それでも私はこの歌集が、ヒューマン・ライツを問うものだと感じている。

なんでわたしなんでヒューマン真夜中をひたむきに行くフェリーの灯り

北山さんにはもう10年ぐらいお世話になっているけれど、明るくて、キュートで、いつも爆笑トークで場を和ませてくれる、そんな人です。とても魅力的で、いつも真摯で、そんな北山さんの短歌を、たくさんの人が読んで、批評会に参加してくれることを願う。

白髪一本うつくしければそのままで港というあかるさをあゆめり/北山あさひ『崖にて』

コナンの映画で寝る友だちのあたまからみずうみみたいにかわいい白髪/大野理奈子

『ヒューマン・ライツ』批評会オンライン視聴申込みはここから!後日アーカイブ配信もあります。ぜひ。


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