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「どこにも停まらないバスに乗って(「殺され屋」第五話)」#シロクマ文芸部

 12月の景色が通り過ぎていく。寒さに震える人々。木々から落ちる枯れ葉。暖かい場所へと姿を隠して見えなくなった野良猫たち。乗り込んだバスがどこのバス停にも停まらない。私たちの乗るバスに乗り込もうとしてバス停で待っていた人の、驚く顔が見える。
「秋山君、このバスはひょっとしてまともなバスではないのでは?」
 バス最後部の長い座席に秋山君と並んで座っている。他に誰も乗客はいない。変装が得意な役者兼探偵の秋山君は、ゴスロリファッションに身を包んだ美少女として私の横にちょこんと座っていた。
「随分気付くのが遅れましたね」
 状況を整理しておこう。


 
 私は毒殺の殺し屋から監視されながら生活していた。彼女の名前は不覚静芽(ふかく・しずめ)というようで、近付く人を全て沼に沈め込みそうな名前だ。もちろん偽名だろうが。私は彼女に殺し屋を集める撒き餌として利用されていた。息苦しく、つらい日々だった。
「緊急事態! とか言って呼び出されて映像を見てみれば、くねくねと変なダンスを踊るあなたを見せつけられて、ストレスが溜まる一方だった、って嘆いてましたよ」
 私は音楽と読書のサブスクだけで十分生きていける性質の人間だったので、ほぼ軟禁生活でも耐えることはできた。食にもこだわらないので、差し入れられる食パンとサプリメントだけで飢えはしのげた。
「ハイレモンはサプリメントじゃないって何度言っても聞かない。そもそもあいつは人の話を聞かない。頭に来たからハイレモン100箱の要求をヨーグレットに変えてやった、って言ってましたけれど」
 そんな中、ニュースサイトで「メタリカン・ワールド」という、アメリカのヘヴィメタルバンド「メタリカ」を題材にしたテーマパークが、世界に先駆けて日本に開園する、という記事を読んだのだ。私は友達のいない秋山君を誘って行くことにした。
「友達いますから。あとその記事は僕が作ったフェイク・ニュースです。『あの馬鹿を外に連れ出してくれ』と頼まれて」
 さっきから地の文に割り込んでくる秋山君は、私の頭の中を覗く超能力でも持っているのだろうか。
「地の文に見せかけて全部口に出して喋ってるんですよ!」
「メタリカン・ワールドは存在しないの?!」
「そもそも何で信じることができたんですか」

 まだまだバスは走り続ける。
「あなたがこのバスに乗り込んでいるという情報をSNSを使って拡散しました。『超美少女発見!』『奇跡の妖精』などといって、僕の隣にさりげなくあなたが映っているという寸法です。あなたを狙う殺し屋を集める作戦です。このバスも、このバスが停まる予定のバス停も、全て今日だけしか存在しません。乗り込もうとしてくるのは、僕を狙う変態か、あなたを狙う殺し屋か、です。静芽さんの手配した人たちがそれらを選別し、どうにかします」
「どうにかって?」
「家に返すか、脅して金を取るか、二次利用出来る人材を集めるか、そんなところです」
 毒殺の殺し屋を名乗っていた静芽の悪徳業者ぶりは常軌を逸したもので、毒により標的を仮死状態にし、依頼者からは金を受け取りながら、息を吹き返した標的を生きながら海外に売り飛ばしたり、自分の手足として使ったりするのだという。
「人助けにもなっているんですよ」秋山君もそんな一人なのだろう。

 とにかく直接対決をすることなく、何かしらの殺し屋たちと、それに劣らぬ怪しげな人々の前を通り過ぎていく。静芽の手による誰彼が彼らに対応している。
「殺しの相場は1000万円、借金で自殺を考えるラインは500万円らしいです」秋山君がそんな話を始めた。生々しいお金の話を美少女がつぶやく。絵になるようなならないような。
「自分の子どもに一億円の生命保険をかけて、1000万円で我が子の殺しを依頼する、そんな親から子どもを救ったこともあるらしいです」
「で、『メタリカン・ワールド』にはいつ着くんだい」きっと秋山君本人の話なのだろう。
「そんなものは存在しません。ちなみにバスが向かっているのは、開園前に経営破綻して廃墟となったテーマパーク『リターン・トゥ・ニルヴァーナ』です」
「メタリカはなくてもニルヴァーナはあるのか」
「あるけどないんです」
「禅問答みたいだな」そう言いながら私は秋山君の顎の下を撫でてみる。ゴロゴロ言わない。
「猫じゃありません」
「メタリカのメンバーによる人形劇が見られる『マスター・オブ・パペッツ人形館』、『あなたの素敵な思い出を全て黒歴史に!』というキャッチコピーの『ブラック・アルバム写真館』、スラッシュ・メタル四天王が勢ぞろいして園内を練り歩く『スラッシュ・メタルパレード』。どれも楽しみにしていたのに」
「その内容でどうして信じられるんですか!」

 信号待ちの最中に、バスの窓を打ち割って、一人の老婆が乗り込んできた。私たちの座る最後部座席以外全て空いているというのに、老婆は私の隣に座り込む。秋山君も驚いていない。予定されていた乗客のようだ。
「いくつかニュースがあります。これはフェイクではなく」秋山君が老婆を気にせず話し始める。
「あなたへの殺しの依頼者が一人減りました。資産家の娘さんが逮捕されましたので」
 コードネーム「読書家」の殺し屋をマシンガンで下半身だけにした彼女は、ヤクザである父が敵対勢力との抗争に敗れて権力を失った後、捕まったのだという。名前は忘れた。
「別件であなたへの殺しの依頼が一人増えました。何でも『連載小説を完結させたから。永遠に読んでいたかったのに』という依頼理由だそうです」
 私が某所で連載していたパルプ小説だが、途中で更新を中断してしまっていたために逆恨みされて、殺しの依頼までされていた。その問題を解決するために、連載再開して一生懸命完結までこぎつけたというのに。
「どうすれば良かったんだ」
「『何をしても叩かれる』の法則をご存知ないんですか? つまらなければ叩かれる。面白ければ妬まれる。早く書けと怒られる。何で終わらせたんだと切れられる」
「どうすれば良かったんだ」思わず二回目の言葉が出た。命を狙うことはないだろう。
「今乗ってこられたその方は、コードネーム『読書家』の殺し屋さんのお母様です」
 秋山君はさりげなくそう口にした。

 老婆は懐から拳銃、ではなく、編みかけの手袋がついた編み棒を取り出した。手袋を外したかと思うと、二本の編み棒を私の足に突き立てた。
「まず動けなくする」老婆は冷静に言い、それからようやく私の身に激痛が走り始める。秋山君に助けを求めようとそちらを向くと、黙って首を振られた。
「今までのあなたの悪行をここで精算してください」などと言う。
 しかし私は死ぬわけにはいかない。いつか本物の「メタリカン・ワールド」を訪ねるその日のために。

 といったことにはならず、老婆は「この度は、息子がご迷惑をおかけしました」と頭を下げた。
「息子の遺品を整理しているうちに、あの子が裏の業界で仕事をしていたこと、『読書家』を名乗っていたこと。殺し屋業界のSNSで、死ぬ寸前の標的の読書傾向について、などを記録していたことを知りました」
 マメな男だった。彼のおかげで私は殺し屋とのことを記録しておくことに決めたのだ。今の私があるのは彼のおかげといえるかもしれない。
「私は引退して長いのに、血筋なのかしら。それとも何かに勘付いていたのかもねえ」
「彼女は昔、業界でも有名な方だったようです。編み棒を使ってさりげなく相手を突き殺す、という」
 妄想は当たっていた。
「私も息子も人の命を奪ってきたのですから、今さら恨むとは言いません。それにあなたが殺したわけではないですからね。ただ、一言お詫びを言いたくて。静芽さんにお願いしてみました」
「息子さんにお勧めされた本、吉村萬壱『CF』、赤松利一『鯖』、どちらも面白かったですよ」
「あらそうですか。私も読んでみましょうかね」
「シェイクスピア『タイタス・アンドロニカス』はお勧めしません。ひどい拷問の話が出てきます」
「あら、それなら読んでみます」
 お婆ちゃん怖いよ。

 話が終わると、信号待ちのタイミングで、老婆は自分が割った窓から去っていった。私と秋山君はそれからまだしばらく走り、ついに工事途中で放り出されたテーマパーク「リターン・トゥ・ニルヴァーナ」に辿り着いた。

 そこからはまた別の話だ。いつか機会があれば書こう。

(了)

状況整理、閑話休題的な話。さらにどこにでも話を伸ばせるように。
ニルヴァーナ「Heart-Shaped Box」を聴きながら書きました。
後からつけた題名的に曽我部恵一BAND「魔法のバスに乗って」の方が良かったかも。

シロクマ文芸部「12月」に参加しました。

「何をしても叩かれる」はこちら


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泥辺五郎
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